エルモロワ劇場:モスクワを代表する舞台の一つが創設100周年
偉大な舞台女優の名を冠している
マリヤ・エルモロワ(1853~1928年)は、自らの名を冠するこの劇場に直接関わっていたわけではない。彼女はロシア演劇界の伝説的存在であり、あの俳優・演出家コンスタンチン・スタニスラフスキー自身も心酔した名女優だった。最高の舞台女優として知られ、ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国で史上初の「人民芸術家」にもなった。
1926年、マールイ劇場付属の演劇スタジオを卒業した若者たちが自分たちの劇団を作ろうと決めたとき、彼らはこの女優に、劇場へ彼女の名を与えることを願い出た――そして彼女はそれを祝福した。
移動劇場として始まった
劇場の創設者であり最初の指導者だったのは、エレーナ・レシコフスカヤ、セルゲイ・アイダロフ、ニコライ・コストロムスコイの3人だった。新しいスタジオの俳優たちが何より重視したのは、まさにエルモロワの名声の核だったもの――極限までの心理探求、登場人物の内面世界の深い掘り下げだった。
当初、彼らには自前の舞台がなかったため、劇団は工場や建設現場、労働者クラブ、野外の舞台で公演していた。自分たちならではのレパートリーを模索していたので、音楽喜劇も悲劇も、革命や内戦を扱ったソビエト劇も上演した。
1933年には演出家マクス・テレシコヴィチが劇場に加わり、著名な女優であり教育者でもあったマリヤ・クネベリを招いた。劇場最初の本格的成功は、この2人の名と結びついている。
19世紀の豪奢な建物に所在
劇場が恒久的な本拠を得たのは、戦時疎開から戻った1946年のことだった。それも単なる建物ではなく、ポストニコフ・パサージュだった。ここは、モスクワのメインストリートであるトヴェルスカヤ通りの中で最も美しい邸宅の一つで、伝説的なモスクワ芸術座からもほど近い。
2010年代には内部の大規模な改修工事が行われ、現在では現代的な劇場空間に求められるあらゆる条件を備えている。また、演劇的実験のための「新舞台」も開設された。
ソ連時代の戯曲、シェイクスピア、そして映画スターたち
1950年代から、この若い劇場は、本格的な開花期を迎えた。舞台では、アレクサンドル・オストロフスキーやシェイクスピアの古典だけでなく、マクシム・ゴーリキー、ミハイル・ブルガーコフ、アレクサンドル・ヴァンピーロフによる新しい、ソ連時代の戯曲も成功を収めた。エルモロワ劇場の人々はさらに、バーナード・ショー、レマルク、ブレヒトといった、それほど一般的ではない作品にも果敢に取り組んだ。
さまざまな時代において、エルモロワ劇場の舞台では、ソ連映画、さらには世界映画を代表するスターたちが輝いた。ゲオルギー・ヴィツィン、フセヴォロド・ヤクート、ウラジーミル・アンドレーエフ、ナタリア・アルハンゲリスカヤ、イワン・ソロヴィヨフ、レフ・ガリスらがその名を連ねる。
世界的な映画スターが劇場を率いている
この劇場に真の再生が訪れたのは2012年のことだった。演劇・映画の著名な俳優であり、エルモロワ劇場の出身者でもあるオレグ・メンシコフが、芸術監督に就任したのだ。彼は『ポクロフスキー門』、『シベリアの理髪師』、『イースト/ウエスト 遙かなる祖国』、『国事参事官(五等文官)』(*五等文官は、軍隊では、将官と佐官の中間に相当する)など、多くの映画で知られている。メンシコフは劇場の理念を見直し、演劇界の若手、俳優養成機関の学生や卒業生を積極的に起用するようになった。
公演には他の劇団からも俳優たちが招かれている。ダニーラ・コズロフスキー、イワン・ヤンコフスキー、アレクサンドル・プトロフ、クリスチーナ・アスムスらだ。そして芸術監督自身も、観客に変わらず愛されているいくつかの一人芝居に出演している。