
1963年8月30日にワシントン・モスクワ間のホットラインが開設

1962年のキューバ危機の前は、米ソ首脳間のメッセージの送信と解読には、6~13時間もかかっていた。そのため、危機の後、ホットラインが開設された。
1963年8月30日、ワシントン・モスクワ間のホットラインが開設された。これは、アメリカとソ連の首脳間の緊急通信を目的としていた。それ以前は、公式の外交ルートを通じたメッセージの送信と解読には、6~13時間もかかっていた。1962年のキューバ危機は、このような通信速度が緊急事態には到底許容できないことを示した。
ホットラインと言えば、ダイヤルのない赤い電話機のイメージだ。しかし、実際には電話ではなかった。音声によるコミュニケーションでは、情報が誤解されかねないと考えられていたからだ。テレタイプが使用され、1970年代末からは衛星通信回線も利用された。
ケーブル回線は、ロンドン、コペンハーゲン、ストックホルム、ヘルシンキを経由していた。メッセージはそれぞれの言語で送信され、受信側では通訳が対応していた。
ワシントンからの最初のメッセージは、次の通りだ。「すばしこい茶色のキツネが、怠慢な犬の背中を飛び越えた 1234567890」(The quick brown fox jumped over the lazy dog's back 1234567890)。そこには、英語のアルファベットのすべての文字と数字が含まれていた。
このホットラインは、ケネディ大統領の暗殺後に、また、六日間戦争(第三次中東戦争)、第三次インド・パキスタン戦争、ソ連軍のアフガニスタン介入の際などに使われている。
今日でも、ホットラインは、とくに重要なケースで使用され続けている。例えば、2001年には、ロシアのセルゲイ・イワノフ国防相が、9月11日の同時多発テロ事件に関して米国に哀悼の意を表し、共同でテロと闘う用意があることを表明した。