宝石細工師カール・ファベルジェを知るための10項目

ロシア・ナビ(写真:Dominic Lipinski/PA Images/Getty Images, ThomasRosenthal.de/ullstein bild via Getty Images, David LEFRANC/Gamma-Rapho via Getty Images, パブリックドメイン)
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天才的宝石細工師はその作品でロシアの帝室を魅了し、自らの名を世界にも知らしめた。

1.先祖はヨーロッパから逃亡

パブリックドメイン グスタフ・ファベルジェ
パブリックドメイン

 カール・ファベルジェは1846年5月30日、サンクトペテルブルクの宝石商グスタフ・ファベルジェの家に生まれた。その祖先はファヴリ(Favri)姓を名乗ったフランス人で、17世紀にプロテスタント弾圧を逃れて、ドイツに移住し姓も変えた。カールの祖父ピーターは1790年代にロシア帝国のリヴォニアに移り、その子グスタフはサンクトペテルブルクに住んで、宝石細工を学んだ。

 このグスタフ・ファベルジェが1842年に設立したのが宝石のファベルジェ工房で、後に息子のカールが継いだ。

2.エルミタージュで修復技師としてタダ働き

Historical Picture Archive/CORBIS/Corbis / Getty Images ピーター・カール・ファベルジェ
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 カールは18歳の時から装飾で名高いヨーロッパの諸都市を周遊し、ドイツ、フランス、イギリスで宝石細工師に師事するなど、素晴らしい教育を受けた。フィレンツェでは博物館のコレクションを観察した。

Fine Art Images/Heritage Images / Getty Images サンクトペテルブルクの「ファベルジェ・ハウス」での店先、1910年
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 1867~1883年間は、エルミタージュで歴史的な美術品の修復や復元作業に携わった。しかも、タダ働きであった。美術品と一対一で向き合った日々によって磨き上げられたセンスは、もちろん、後の彼の作品に活かされることになる。

3.最初の皇帝用イースター・エッグを作ったのは1885年

David LEFRANC/Gamma-Rapho / Getty Images 最初の皇帝用イースター・エッグ
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 カール・ファベルジェが皇室の目にとまったのは1882年のこと。若き宝石細工師ファベルジェはモスクワで開催された全ロシア美術産業展覧会で金メダルを受賞。この展覧会を、アレクサンドル3世とマリア・フョードロヴナ皇后が訪れていた。

ファベルジェのエッグ、1898年

 1885年、皇帝はファベルジェに、皇后への贈り物としてイースター・エッグの製作を依頼する。このイースター・エッグは仕掛け付きで、皇后が幼少期を過ごしたデンマークを思い起こさせる物にするという注文だった。ファベルジェは白い七宝で卵を作り、「黄身」は金で、さらにルビーの眼をした金の鶏を添えた。この作品は大評判となり、以降、ファベルジェはロマノフ家のために毎年イースター・エッグを製作するようになった。

4.確認されているファベルジェのイースター・エッグは71個

ロシア・ナビ(写真:Kirill Kalinnikov/Sputnik, Wiktor Szymanowicz/Future Publishing via Getty Images) 「孔雀のエッグ」と「花輪の飾りがついたゆりかごのエッグ」
ロシア・ナビ(写真:Kirill Kalinnikov/Sputnik, Wiktor Szymanowicz/Future Publishing via Getty Images)

 ファベルジェ工房は皇帝のためにも、他の個人の注文主にもイースター・エッグを製作した。現在、確認されているファベルジェのイースター・エッグは71個。そのうち52個(54個という説も)がロシア皇帝用であった。

 これらのイースター・エッグの1つ1つが傑作だった。「孔雀」の内部には、機械仕掛けで尾羽を広げる鳥の模型が仕込まれていた。「モスクワのクレムリン」は復活大祭の音楽を奏でた。「戴冠式」の内部には、エカテリーナ2世の馬車の精巧な模型が収められていた。

5.装飾品に思いがけない素材を使った

ThomasRosenthal.de/ullstein bild / Getty Images 1897年に作られたエッグ。
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 ファベルジェ工房の持ち味は高い品質と、オリジナリティだった。

 ファベルジェは装飾品の素材として鋼、錫、カレリア樺、ウラル産の貴石を利用した先駆けの1人であり、高価で精巧なobjets de fantaisieシリーズのスーベニアの製造に盛んに用いた。

6.世界が認めた実力

ロシア・ナビ(写真:Sepia Times/Universal Images Group via Getty Images) ファベルジェのパンジーとクランベリー。
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 ファベルジェ工房の名声はロシアを超えて世界に広がっていった。1888年にコペンハーゲンで開催された北欧産業・農業・芸術博覧会で金メダルを受賞し、1897年にはスウェーデン王室とノルウェー王室の御用達の称号も得た。1900年のパリ万博では審査委員となり、レジオンドヌール勲章も贈られた。

 さらに、シャム(タイ王国)に事業所を置いた最初のロシア企業でもあった。

7.最盛期には会社経営に専念

Historical Picture Archive/CORBIS/Corbis / Getty Images カール・ファベルジェの工房で働く職人たち。
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 工房はモスクワ、キエフ、オデッサ、ロンドンに事業所を設けた。

 カール・ファベルジェ自身はほぼ経営に専念し、発注された製品の製造は500人近くにもおよぶ職人たちが行った。しかし、カール・ファベルジェ自身の手によるデザイン図案も、職人たちの図案に彼がコメントを入れた物も現在に伝えられている。

 経営には、4人の息子たちも参画して補助した。

8.装飾品以外も手掛けた

ロシア・ナビ(写真:Sepia Times/Universal Images Group via Getty Images, Heritage Art/Heritage Images via Getty Images) シガーレットケース、1986年頃~1908年頃。水差し一対、1896年/1908年。
ロシア・ナビ(写真:Sepia Times/Universal Images Group via Getty Images, Heritage Art/Heritage Images via Getty Images)

 高価な装飾品のイメージが強いファベルジェだが、実際には、工房では幅広く様々な製品を作っていた。例えば、銀食器をはじめとする食器類、記念品、シガーレットケース、時計などである。第一次世界大戦中は軍の需要に応え、兵士用のマグカップ、ベルトのバックル、医療用器具なども製造した。

9.亡命先で死去

Topical Press Agency/Hulton Archive / Getty Images カール・ファベルジェの息子であるロシア宮廷御用達宝飾師のアガトン・ファベルジェ(1876年 - 1951年、写真中央)が、1935年6月、ロンドンのベルグレイブ・スクエアでロシア美術展を主催した。
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 1917年の革命は、ファベルジェにとって受け入れがたいものだった。当初は、自宅をスイスの外交団に貸し出して外交特権を得ようとしたが、財産没収は免れられなかった。ほぼ全てを失ったファベルジェは国外に逃れ、1920年にローザンヌで死去した。

 息子たちも亡命し、一族が誇った装飾品事業を再興しようと試みた。

10.工房の生まれ変わり

エカテリーナ・チェスノコワ / Sputnik ファベルジェ博物館、サンクトペテルブルク
エカテリーナ・チェスノコワ / Sputnik

 カール・ファベルジェの息子たちはFabergé & Cie社を興し、装飾品の修復と製造を始めた。しかし、香料や日用化学製品を製造するアメリカのFabergé Inc.という企業もアメリカで誕生し、平行して存在した。ようやく2007年になって商標を利用する法的権利が買い取られ、Fabergéブランドはファベルジェ一族の手に戻った。

 2025年、ニジニ・ノヴゴロドの実業家セルゲイ・モスノフが所有するアメリカの投資会社SMG Capitalがファベルジェ社を買収した。