アメリカでバレエの基礎を築いたロシア人たち
20世紀初め頃、ロシアのバレエはモスクワやペテルブルクの劇場をはるかに超えていった。セルゲイ・ディアギレフの「バレエ・リュス」のヨーロッパ・アメリカ公演は大反響を呼び、数多の人々の心をとらえた。当時のロシアにおいてバレエはアカデミックに完成されていたが、他の国々ではまだ黎明期だった。
1924年、ディアギレフの指揮のもと、バレエ・リュッスがモンテカルロで「プルチネッラ」を上演。
ディアギレフのバレエ団出身の多くのダンサーや振付師が、後に外国のバレエ発展に貢献した。タマーラ・カルサヴィナは、ロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・ダンシングの副会長を務めた。オリガ・プレオブラジェンスカヤ、リュボーフィ・エゴロワ、マチルダ・クシェシンスカヤらはパリでバレエ学校を開いた。アドルフ・ボルム、ミハイル・モルドキン、ジョージ・バランシンはアメリカでバレエの発展に努めた。
1911年頃「火の鳥」:バレエ・リュッス初演「火の鳥」に出演したアドルフ・ボルム(1884-1951)とタマーラ・カルサヴィナ(1885-1978)
アドルフ・ボルムとサンフランシスコ・バレエ団
アメリカ最古のプロのバレエ団であるフランシスコ・バレエ団は1933年、市のオペラ座に設立された。バレエ団を率いたのはロシアのダンサー、アドルフ・ボルムだった。
アドルフ・ボルム
マリンスキー劇場のダンサーであり、ディアギレフの一座のスターだったボルムは1916年のアメリカ公演時に負傷。そのまま残って、クラシックな舞踊と現代的なダンスを融合させた自らの小規模な一座Ballet Intimeを立ち上げた。メトロポリタン・オペラやシカゴ・オペラでバレエの振り付けを行い、その後サンフランシスコ・オペラ・バレエでバレエマスターを務めた。
ヴァニティ・フェア 1922年、アドルフ・ボルム
ボルムは最初の演目を演出し、プロ劇団としての基礎を築いた。1930年代末、ハリウッドに移住したボルムは映画用の振り付けを行い、教育にも携わった。
サンフランシスコ・バレエ団は1942年にクレステンセン兄弟の経営のもと独立した企業となった。彼らは現代的な解釈を加えつつ、ロシア・バレエの伝統を維持していった。
1944年のクリスマスを前に、サンフランシスコではアメリカで始めてバレエ『くるみ割り人形』を上演。こうしてアメリカでも、クリスマス恒例の『くるみ割り人形』という伝統が根付いた。
ミハイル・モルドキンとアメリカン・バレエ・シアター
ミハイル・モルドキン(1880-1944)とアレクサンドラ・バラショワ(1887-1979)、1914年。
モスクワの流派出身で、ボリショイ劇場のプリンシパルも務めたミハイル・モルドキンは、ニューヨークでバレエの先駆者となった。1925年に自らのバレエ学校を開き、2年後にはモルドキン・バレエ団を設立した。
1925年、ニューヨークで生徒の一人と稽古するミハイル・モルドキン。
1940年に教え子のルチア・チェイスと共同でバレエ・シアターを設立。現在、この一座はアメリカン・バレエ・シアター(ABT)として世界的に有名だ。
1925年6月30日、ニューヨークで生徒たちと稽古するミハイル・モルドキン。
ABTはアメリカのバレエ団として初めて、1960年にソ連公演を行っている。有名なダンサーにはアレクサンドル・ゴドゥノフ、ミハイル・バリシニコフ(1980~1989年間にはABTの芸術監督を務めた)、ナタリア・マカロワ、ディアナ・ヴィシニョワらがいた。
ジョージ・バランシンとニューヨーク・シティ・バレエ
ロシアのバレエダンサー、振付家、教師ジョージ・バランシン、1930年。
アメリカのバレエ界でトップクラスの重鎮となったのは、天才ジョージ・バランシンである。ペテルブルク出身の若きダンサー、ゲオルギー・バランチヴァゼはセルゲイ・ディアギレフの助言でアメリカ風の芸名を名乗るようになった。
アメリカに渡ったのは1933年。この時、メセナのリンカーン・カースティンと知己になり、共同で複数のバレエ団を設立した。
バランシンの最大の事業が、1948年に設立し、やがてアメリカのバレエ界の中核となったニューヨーク・シティ・バレエ団である。
ハリウッド初のバレエ、バランシン監督がダンスの隊形を「振り付ける」際、少女たちは幼少期からバレエの訓練を受けているため、その意図を十分に理解している、1937年10月11日。
バランシンはロシアのクラシック・バレエをアメリカの観衆向けに再構成し、よりダイナミックで現代的なものにした。バランシンが得意としたのが、物語の無い、いわゆる「プロットレス・バレエ」で、音楽のみで表現する演目だった。
豪華なセットと童話的なストーリーに代え、バランシンはダンスのためのダンスを提唱し、音楽と踊りを不可分で一体のものとした。これは、アメリカ文化とも抜群に相性が良かった。バランシンによる演目は、今もNYCBのレパートリーで重要な位置を占めている。
ジョージ・バランシン、ニューヨーク・シティ・バレエ、1960年。
バランシンによる『くるみ割り人形』(1954)は、世界でもトップクラスの出来とされる。もう1つの代表作とされるのは、全3幕の『ジュエルズ』(1967)で、各幕が宝石をテーマとし、バレエの様々な流派を象徴するものとなっている。