なぜロシアでは「ハチミツ」を飲むのか?

Shaiith / Getty Images
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その昔、ミョード(ハチミツ)とは甘いデザートだけでなく、様々な飲み物を指す言葉でもあった。

 「そこに私もいて、ミョードとビールを飲んだ」

V・クルチャコフ/国立博物館・領地「アルハンゲリスコエ」
V・クルチャコフ/国立博物館・領地「アルハンゲリスコエ」

 プーシキンの物語に登場する、有名なフレーズである。だが、ミョード(ハチミツ)を飲むとは、どういうことか?ロシアでは古くからハチミツ由来の飲み物が大変ポピュラーであった。種類も豊富で、代表的なものでは「ピトノイ・ミョード」、「スタヴレヌイ・ミョード」、そしてもちろん「メドヴーハ」である。

ウラジーミル・ゲルド / TASS
ウラジーミル・ゲルド / TASS

 もっとも古い「スタヴレヌイ・ミョード」に関する記述は、9世紀まで遡ることができる。ハチミツをベリー類の果汁と混ぜてオーク材の樽に入れ、地中に埋めて、少なくとも5~8年は寝かせて作る。これを作るメドスターヴという職業もあり、熟練の者は20年かけて熟成させた。

ドネツク地方美術館 コンスタンチン・マコフスキーの絵画
ドネツク地方美術館

 11世紀頃からはハチミツを煮詰めて飲み物を作るようになり、製造に要する時間も1か月程度まで短縮された。18世紀になると発酵させたハチミツを煮込む技術が確立され、製造はさらに容易になった。こうして誕生したのが、現在でもよく知られる蜂蜜酒のメドヴーハで、宴会に欠かせない飲み物となる。メドヴーハは必ず食事前に飲むもので、主人のおもてなし精神を象徴するものでもあった。

 メドヴーハは20世紀になってリバイバルを果たし、ブランドとして確立した。これに大きな役割を果たしたのがスーズダリの街で、1967年にソ連初の蜂蜜酒製造所がオープンしている。