第二次世界大戦中、ソ連兵たちはどのように余暇を過ごしていたのか(写真特集)

セルゲイ・コルシュノフ/МАММ/МDF/russiainphoto.ru
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読書への愛は、兵士たちを楽しませただけでなく、その命を救うことさえあった。軍服の下に隠していた分厚い本に、銃弾や破片が食い込んで止まることもあったのである。

 つかの間の静けさと休息が訪れると、ソ連の将兵たちは仲間どうしで集まり、トランプやドミノに興じたり、戦前の日々や故郷、家族のことを語り合ったりするのを好んだ。こうした会話は、次の戦闘を前にした心理的緊張を和らげる、すぐれた気分転換の手段となっていた。

セルゲイ・コルシュノフ/МАММ/МDF/russiainphoto.ru
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 ほとんどすべての部隊には、才能のある兵士が何人かいて、彼らが演芸グループを結成し、戦友たちの前で演じていた。「中隊にはアコーディオンやバヤンが何台かあって、暇な時間になると皆で集まり、歌を聴いたり、戦前の暮らしについてのよもやま話をしたりしていた」と、運転手ミハイル・サンドレルは回想している

ヴィクトル・テミン/МАММ/МDF/russiainphoto.ru
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 ときには前線に映画が持ち込まれたり、プロのアーティストたちが慰問に訪れたりすることもあった。彼らは移動式の兵士食堂や野戦病院、あるいは側板を倒したトラックの上にしつらえた即席の舞台などで公演を行った。もっとも、前線の兵士たちがこうした催しを目にする機会はまれであった。というのも、そのような公演はたいてい、戦闘接触線から30〜40キロメートル離れた場所で行われていたからだ。 

レオニード・ドレンツキー/TASS通信写真記録/モスクワ博物館/russiainphoto.ru
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 余暇に読書を好む者も多かった。師団には図書館などなく、本は家族に郵送してもらうか、破壊された家々の中から見つけ出すしかなかった。「私は本が恋しくてたまりませんでした。ある村で『エフゲニー・オネーギン』を見つけたのですが、もうぼろぼろになるまで読みました。少しでも暇ができるたびに、夢中になって声に出して読んでいました」。衛生教官アリアドナ・ドブロスムイスロワは、このように故郷の家族に書き送っている。 

O. クノーリング/クラースナヤ・ズヴェズダ紙 / TASS
O. クノーリング/クラースナヤ・ズヴェズダ紙 / TASS

 本が文字どおり命を救うこともあった。兵士ゲオルギー・レオーノフの場合、銃弾は軍服の下に忍ばせていたアレクセイ・トルストイの長篇小説『ピョートル一世』に当たった。また、上級中尉ピョートル・ミーシンの場合には、砲弾の破片がプーシキンの詩集に食い込んで止まった。

russiainphoto.ru
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 しかし、兵士たちがあらゆる娯楽にもまして重んじていたのは、やはり十分な睡眠であった。退役軍人ニコライ・チェルヴャコフは次のように回想している。「秋の雨の中を完全武装で30キロメートルも歩けば、もう死ぬ危険さえ考えなくなるほど疲れ果ててしまう。ただ倒れて眠りたい、それだけだ。たとえそのまま殺されても、ありがたい、これで少しは休める、と思ったものだ」

ゲオルギー・ゼルマ/МАММ/МDF/russiainphoto.ru
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