ソ連はボリショイ劇場で誕生した!?
肩章がソ連軍に導入されたのは1943年。かつては、その発想自体が侮辱的なものと見なされていた。
1922年12月20日、ボリショイ劇場の大ホールでのことである。第1回全ソヴィエト大会が開催され、新国家樹立を宣言する条約が調印された。
このような重要な決定がなされる場所にボリショイ劇場が選ばれたことは、当時としては何ら驚くべき事ではなかった。閣僚会議や党大会、労働者階級の集会はしばしば宮殿や、時には旧女子大学の校舎でも開催されていた。広々としたボリショイ劇場は、こうしたイベントには最適だった。
権力掌握後、ボリシェヴィキはボリショイ劇場から「帝室」の称号を外した。さらに、バルコニーには共産主義のスローガンが掲げられ、「双頭の鷲」の紋章は「鎌と槌」に変えられた。ボリショイ劇場は文化と並んで、政治の舞台ともなったのである。
もっとも、レーニンは一時期、ボリショイ劇場の閉鎖も計画していた。「村のごく普通の学校を維持する資金さえ足りない時期に、このような豪奢な劇場の維持に莫大な費用を使うのは忍びない」との理由だった。
1922年11月にはボリショイ劇場閉鎖の決議さえ出された。しかしその直後、健康状態が悪化したレーニンは表舞台を去り、スターリンが決議を撤回させた。