
ミモザが3月8日「国際女性デー」のシンボルになったいきさつは?

本当の“花ブーム”が3月の初めに起こる。繊細なミモザの枝や鮮やかなチューリップが大量に売り出されるのが、まさにこの時期だ。女性の権利を求める闘いが始まった当初から、3月8日には花が付き物だった。
1857年にニューヨークで、女性たちがパンと薔薇を持って行進した。パンは社会保障を、棘のある花は高い生活水準を象徴していた。
1918年、ロシアは、男女の権利が平等となった、世界最初の国になる。その1年後、この国に新しい祝日が誕生し、3月8日に「国際労働婦人デー」が祝われた。この祝日は、1921年に「国際女性デー」に改名された。

この日に女性に花を贈る伝統は、少し後の1930年代に始まった。当時、教育副人民委員(教育副大臣)は、ソ連の建国者ウラジーミル・レーニンの妻、ナジェージダ・クルプスカヤだった。彼女は、さまざまな祝賀行事の企画にも携わっていた。

伝えられるところによると、ある工場労働者が彼女に、3月8日に女性を祝福する最高の方法は何ですか、と尋ねた。この祝日は改名されていたものの、長い間、この日は仕事の成果が祝われてきた。クルプスカヤはこう答えた。「花を贈らなきゃ!」。しかし、初春に買えるのはミモザだけだった。それ以来、繊細な香りのミモザの花束や小枝が、この祝日のシンボルとなったという。


1970年代になると、チューリップも人気を博した。リガの農業企業「Rīgas Ziezds」の職員が、この祝日のために4万本のチューリップを栽培。これが、新聞で取り上げられたことで、突然チューリップはミモザと同じくらい人気になった。

