GW2RU
GW2RU

KAMAZ50周年!ロシアを代表するトラックの歴史を写真特集で

モスクワの赤の広場に集結したKAMAZマスター・モータースポーツ・チーム
エゴール・アリエフ / Sputnik
ロシアを代表するレジェンドトラックの製造は今も昔も盛んで、KAMAZはもはや普通名詞と化している。

 1976年2月16日、カマ自動車工場で最初のKAMAZトラックが完成した。この車種はソ連で最も広く使われたディーゼルトラックであり、まさしく伝説のトラックとしてその名を知られる存在となったのだ。

カマ自動車工場で最初のKAMAZトラック。
ヴィクトル・アフロモフ/イズベスチヤ紙/russiainphoto.ru

 1960年代末のソ連は建設ラッシュで、トラック需要が高まっており、高い積載能力と燃費の良さが求められていた。そこでソ連政府は、新機軸のトラック生産に舵を切った。

KAMAZダンプトラック。
クズネツォフ / Sputnik

 こうして建設されたのが、タタルスタン共和国のナーベレジヌイェ・チェルヌイ市、カマ川沿いのカマ自動車工場である。その後の同市はほぼ「単一産業都市」となって、新工場の需要に合わせて作り直されたと言っていい。市民の多くはKAMAZ(カマ自動車工場)に勤務することになった。1979年以降、「KAMAZの日」は街の最も重要な祭日となった。

ナーベレジヌイェ・チェルヌイの「KAMAZの日」。
エフゲニー・アフマトフ アーカイブ/russiainphoto.ru

 設計と製造には、外国のメーカー(Swindell Dressler、ルノー、リープヘル)も参画した。設計に際しては、モスクワのZILによるプランをベースとした。

作業員たちが、出荷準備が整ったKAMAZ車の最終検査を行っている。
ペルヴェンツェフ / Sputnik

 工場はフル稼働し、1980年には1日にトラック240台近くもの生産数に達し、1988年にはついに総生産数100万台の大台に到達!さらに前輪駆動型を含む5つの派生型も登場した。

ナーベレジヌイェ・チェルヌイにおけるKAMAZトラック生産。
S. ソロヴィエフ / Sputnik

 現在のKAMAZが生産している車種は驚くほど多様だ。ダンプカー、大型の平ボディートラック、牽引トラクター、その他膨大な種類の特殊作業車両の数々。

KAMAZの給水車。
ドミトリー・ヤゴドキン / TASS

 タンクローリー、消防車、クレーン車、軍用の装甲車両・・・いずれの車種にも、KAMAZの有名なロゴマーク、疾駆する馬のエンブレムが輝いている。

除雪機材、サンクトペテルブルク。
アレクサンドル・デミャンチュク / TASS

 KAMAZの車両は町の除雪を行い、農場で収穫をはじめ各種農作業に従事し、建材を縦横に運んでいる。

収穫中のKAMAZトラック。
ドミトリー・ヤゴドキン / TASS

 さらには、ロシアの多くの都市で運行するバスや電動バスも、KAMAZが製造している。

モスクワのガーデン・リングを走る電気バス。
ヴィタリー・スモルニコフ / TASS

 1993年、KAMAZの工場で大規模な火災が発生。復旧には数年を要する事態となった。しかしKAMAZはそうした危機も乗り越え、2024年には生産台数250万台を祝った。

ナーベレジヌイェ・チェルヌイ工場にて、KAMAZ車の生産台数250万台達成を祝う。
マキシム・ボゴドヴィド / Sputnik

 KAMAZの発展の歴史の重要な1ページが、国際的なレースへの参加だ。1980年代末、KAMAZは自社のモータースポーツチーム「KAMAZ Master」を結成。

砂漠の横断。
ウラジーミル・アスタプコビッチ / Sputnik

 1990年代初めから「KAMAZ Master」はダカール・ラリーに参加。歴代のメーカーで最多の19勝を挙げている。

2025年シルクウェイ・ラリー第4ステージにおけるKAMAZ・マスター・モータースポーツ・チーム
ウラジーミル・アスタプコビッチ / Sputnik

 2026年2月、KAMAZはその誕生から50周年を迎えた。現在もKAMAZは世界中の多くの国で目にするトラックだ。

KAMAZはその誕生から50周年を迎えた。
マキシム・ボゴドヴィド / Sputnik