スラブ世界でその魔力が崇められた樹木10選
オーク(Quercus)
スラブ神話で最も重要な木の1つで、その「魔力」は何より、木材としてのオークの頑丈さから連想されるものだった。オーク材の硬さにちなみ、関連する儀式はいずれも健康の保持や力の獲得のためのものだった。例えば、子供を水浴させたあとの水をオークの根元や、オーク材の杭の下に流した。若いオークの木のように、子供が強く育つことを願う儀式である。オークの幹に病気の子供の髪の房や、その衣服から取った糸を杭で打ち付ける儀式もあった。病気を隔離し、子供が病を「越えて伸びる」ことを願うものである。また、オークはインポテンツを治すまじないにも使われた。
白樺(Betula)
オークが男性を連想させる木なら、白樺は女性だ。結婚や、多産と結び付けられることが多い。例えば、白樺の若枝を編む儀式は、ロシアの多くの地域で未婚の乙女と子供のいない若い女性のみが行った。聖霊降臨祭の日に行われるのが一般的で、白樺の若枝を編み、これにスカーフやリボンを編み込み、白樺の木の下で儀式的な飲食を行った。その際は必ず卵や卵焼き(多産や新たな生命の象徴)を食し、白樺を囲んで輪舞した。
ナナカマド(Sorbus)
毀誉褒貶ある樹木で、どちらかという悲しい影が強い。一部の地域では、ナナカマドは家の向かいに悪霊除けの魔除けとして植えられていた。しかしロシア北方では、ナナカマドは邪悪な姑に苛め抜かれた若い女性の成れの果てである、という言い伝えが広まっていた。何も知らぬ夫がナナカマドを切ると、血があふれ出すというのである。一方、ナナカマドは医療にも積極的に用いられ、歯痛によく効くとされた。歯痛を治すためには、まずナナカマドの木を選んでその前に跪き、接吻し、祈り、決して枝を折らず、切らず、実を食べず、燃やさないという誓いを立てる必要があった。そうすれば、歯痛は治まるとされた。
ニワトコ(Sambucus)
こちらも、なかなか評判の複雑な灌木である。ニワトコの根の下には、チョルト(悪魔)が棲んでいるとされていた。そのため、ニワトコを除去する必要がある時は掘り返さず、切るにとどめて根はそのままにしておいた。すなわち、ニワトコが繁茂していれば、その場所は不浄ということになる。だが、その不浄にも益があった。ニワトコの木の下で、不幸や災難からの救いを祈ることがあった。病気の子供を水浴させた後の水をニワトコの根元に捨てるか、あるいは病気の子を開花したニワトコの木の下に寝かせれば、木が病気を持ち去るとされた。枝も、悪霊除けに用いられた。
ヤマナラシ(Populus)
なぜヤマナラシの葉は、風も無いのに揺れるのか?なぜ秋に赤くなるのか?そして、なぜヤマナラシは強力な魔除け(魔術師の墓にヤマナラシの杭を突き刺す)であると同時に、忌むべき木なのか?これは、古代の異教の伝統と、後のキリスト教の伝統のせめぎ合いが原因である。民俗学者アレクサンドル・アファナシエフは、ヤマナラシはキリスト教以前の時代では生命力にあふれ、強力な守護力を持つ木とされていたと指摘している。しかしキリスト教によってヤマナラシは真逆の、裏切りの木という属性を与えられた。ヤマナラシはヘロデ王の配下に追われる聖家族をかくまわず、さらにキリストを裏切ったユダがヤマナラシの木で首を吊ったとされる。こうして、フォークロアの伝統においてヤマナラシは忌むべき木に格下げされてしまったのである。だが、こうしたイメージで得をした一面もある。ロシア北部では牧夫たちがヤマナラシで楽器を作り、それによってレーシィ(森の精霊)との契約を強化し家畜を守ろうとした。
トウヒ(Picea)
コミ地方の古儀式派を研究するタチヤナ・ドロノワは、
「ペチョラの古儀式派の世界観では、針葉樹林はあの世を連想させるものだ。それを示すのが、墓地の場所としてトウヒ林が選ばれたこと、そして針葉樹林に単身で入ってはいけないという禁忌である。針葉樹の森は、暗い森と呼ばれた」
と書いている。常緑樹(トウヒ、マツ、ビャクシン、セイヨウスギ、モミ)は永遠の命、不死を象徴すると同時に、あの世との繋がりを連想させるものだった。この内トウヒは死者の木、異世界の木であった。トウヒの枝は墓地への道に敷き詰められた他、輿や棺の材料となり、また墓地の装飾に利用された。また、死者を運び出した後は、トウヒの枝で家を掃いた。
ネコヤナギ(Salix)
ネコヤナギはキリスト教が伝来するはるか以前から魔力ある木とされてきた。早春に開花する木であるネコヤナギは、人を悪霊から、家畜と作物を疫病や災害から守る存在であると、古代スラブ人は考えた。ルーシのキリスト教化以降も、ネコヤナギの儀礼的意義は増すばかりであった。例えば、エルサレム入城の日の祭り(ロシア正教の伝統では、聖枝祭の日曜日)におけるシュロの枝に代わるポジションを得た。教会できよめられたネコヤナギは家で1年間保管され、その枝は家畜を野に追い立てるのにも使った。不妊の女性はネコヤナギのつぼみを食べるよう推奨された。また、ネコヤナギの枝を浸した水で、病気の子供を水浴させた。ネコヤナギの尾状花序をパンに入れて焼き、あるいはネコヤナギのつぼみ型のクッキーを焼いた。
ハシバミ(Corylus)
ハシバミは、雷に打たれない聖なる植物とみなされていた。そのため、雷の時はハシバミの木の下に隠れ、その枝を腰にはさみ、雷から守りたい物をその枝で触れた。枝を野や畑、あるいは家や家畜小屋の屋根の下の地面に突き刺し、雷雲除けとした。雷は悪魔が隠れている木にのみ落ちるとされていたため、ハシバミは悪霊除けにも使われた。枝をドアの上に吊るしたり、家や家畜小屋の周囲の地面に突き刺して、悪霊や魔女、魔術師を脅して追い払おうとした。ハシバミは豊穣の象徴でもあり、その枝は家畜に鞭をあてるのにも使われた。特にユーリーの日に家畜に対して使われ、家畜が健康で多産であることを願った。
ガマズミ(Viburnum)
ロシアのフォークロアにおいて、ガマズミ(カリーナ)は結婚の儀式と関係が深い。処女性、血、美、健康、家庭円満を象徴していた。ガマズミの橋は、女性が結婚生活に移行する事の象徴として結婚の歌に登場する。ガマズミは出産や幸福にまつわる儀式にも使われた。また、純潔と美のシンボルとして花嫁の花輪やルシニク(飾り布)の装飾にもなった。
リンゴの木(Malus)
豊穣と母なる大地のシンボルとされてきた。おとぎ話の中で、「若返りのリンゴ」が健康と不死をもたらすのも頷ける。その花も実も、木材に至るまで、1年を通して様々な儀式に利用された。結婚の儀式では、花嫁が妻になることを承諾する印としてリンゴを花婿に贈った。また、花嫁が女性たちの集団に向けてリンゴを放り投げ、キャッチした女性が次の花嫁になる、という風習もあった。招魂祭(法要)にはリンゴを墓地に持って行き、先祖の墓に供えた。リンゴを浸けていた水で病人を洗い、その後そのリンゴを埋めて、病気を封じた。リンゴの木から十字架や魔除けを作り、家の守りとした。