ロシアのおとぎ話の登場人物に命を吹き込んだ画家、イワン・ビリービン

パブリックドメイン アル=アズハル・モスクの中庭
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ロシアの子どもなら、たとえその名前を知らなくても、誰もがイワン・ビリービンの作品を知っている。ロシアで育ち、両親におとぎ話を読み聞かせてもらったことがあるなら、ビリービンの鮮烈な挿絵は、おそらく一生、目に焼きついていることだろう。しかし、20世紀への世紀転換期を生きたこの偉大な芸術家が、ほかにもさまざまな才能をもっていたことは、あまり知られていない。

 この絵筆の名手は、もともと法律家になることを夢見ており、1900年にはサンクトペテルブルク大学で法学の学位まで取得した。しかし、学問への志向も、彼の芸術への情熱を妨げることはなかった。ビリービンは、著名なイリヤ・レーピンをはじめ、さまざまな名高い画家たちから絵画を学んでいる。

Global Look Press イワン・ビリービン、ロシアのおとぎ話に命を吹き込んだ画家。
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 この巨匠の才能は、出版界以外でも大いに求められた。伝統衣装や歴史的衣装について高い評価を受けていた専門家でもあったビリービンは、プラハ、パリ、ブエノスアイレスなど、世界各地でオペラやバレエの舞台美術や衣装デザインに積極的に携わった。これは、ストラヴィンスキーのバレエ『火の鳥』のためにビリービンが描いた、スラヴのおとぎ話に登場するコシチェイの衣装デザインだ。

ツァリーツィノ
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 ビリービンの豊かな想像力と、さまざまな幻想的な鳥を描く才能は、思いがけない形で彼に幸運をもたらした。彼がデザインした双頭の鷲が、1917年にロシア帝国の公式シンボルとして採用されたのである。この意匠は、革命後の1918年に使用されなくなったが、それからほぼ1世紀後の1992年、ビリービンの双頭の鷲は再び人々に着想を与え、ロシア中央銀行の公式エンブレムのデザインに生かされた。2016年以前に発行された硬貨を手に取り、表側を見てみよう。そこにあるのは、ビリービンが残した数多くの傑作の1つなのである。

Global Look Press 神秘の鳥シリン
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 今日、ビリービンは主としておとぎ話の挿絵画家として記憶されているが、小説のための挿絵も制作している。これは、アレクセイ・トルストイの小説『ピョートル大帝』のためにビリービンが描いた、ピョートル大帝のスケッチだ。

Legion Media
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 革命下のロシアを逃れたビリービンはカイロの難民キャンプにたどり着いた。そこには、船で到着したロシア人難民がイギリス当局によって収容されていた。ビリービンはエジプトで5年間を過ごし、当初はカイロに、その後はアレクサンドリアに移り住み、やがてパリへ向かった。これは、チェレプニンのバレエ『ミイラのロマンス』のためにビリービンが手がけた舞台装飾だ。

ツァリーツィノ
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 ビリービンはソヴィエト・ロシアを離れたものの、だからといって帝政の専制政治に共感していたわけではない。1906年には、反専制的な風刺雑誌『ジュペル』の制作に関わったため逮捕されている。これは、ロシア皇帝を描いたビリービンの政治風刺画だ。

パブリックドメイン 雑誌の挿絵
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 エジプトでは、富裕層の邸宅を飾るフレスコ画を描いて生計を立てる一方、古代エジプト美術の研究にも取り組んだ。これは、アル=アズハル・モスクの中庭とカイロ大学を描いたビリービンの作品だ。

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 ビリービンが独自の画風を見いだしたのは、モスクワから400キロ離れたロシアのヨグナ村に滞在していた時だった。この村で彼は、ロシア民話『イワン王子と火の鳥と灰色狼』のための一連の挿絵を制作した。それらは後に彼を代表する作品となり、ビリービンの芸術様式を決定づけることになる。

パブリックドメイン イワン・ビリビンによる『金鶏の物語』の挿絵
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 ビリービンは有名なおとぎ話の登場人物だけでなく、印象的な背景や舞台空間も数多く描いている。これは、オペラ『ルスランとリュドミラ』のために描かれたビリービンの「チェルノモールの庭園」だ。

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 ビリービンの絵のほとんどすべてには、ロシアの民衆文化の息吹が感じられる。たとえば、1911年に描かれたこの田園風景は、ロシアの田舎を一度でも訪れたことのある人なら、きっとどこか懐かしく感じるに違いない。

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