ソ連時代の学校の初日はどのようなものだったのか?(写真特集)
すでに何十年もの間、国内すべての学校で授業は9月1日に始まる。ただし「知識の日」が正式な祝日として制定されたのは1984年のことである。
9月1日、ソ連の学童たちはみな、アイロンをかけたばかりの新しい制服を身につけ、急いで登校した。
授業の前には必ず、厳かな「整列式(リネイカ)」が行われた。生徒たちは自分のクラスのプレートを持ちながら、年齢順に一列に並んだ。
校長先生が、はなむけの言葉を述べた。
その後、「最初の鐘」が授業開始として告げられた。これは重要な象徴的儀式であり、最上級生の男子生徒が、鈴を持った1年生の女の子を肩に乗せるというものだった。
そしてクラス全体が、厳かに授業へと行進していった。
初日には、教師たちは通常、子どもたちに配慮して、過去の学年で習った内容を「復習」したり、「夏休みをどう過ごしたか」という作文を書かせたりした。
また9月1日には「平和の授業」も行われ、平和を守ることの大切さについて話し合われた。
9月1日には、第二次世界大戦の退役軍人が学校を訪れ、子どもたちに自らの戦争体験を語ることも少なくなかった。
ソ連の子どもたちにとってこの日は、どちらかといえば嬉しい日だった。というのも、学校の友人たちと再会できる日だったからである(長い夏休みの間、一度も顔を合わせていない子も多かった)。
とはいえ子どもは子どもであり、のんびりとした夏が終わってしまったことを寂しく思う子も、もちろん少なくなかった。
「知識の日」の主役といえば、常に花であった。生徒一人ひとりが、担任の先生に花束を贈った。
この特別な日には、両親たちは必ず、おめかしをした子どもと一緒に写真を撮った。