ロシア語のマットは普通の罵詈とどう違うのか?
偉大なロシア語は、卑語に関しても偉大なまでの量を生み出した。ロシア語のマット(卑猥な罵詈雑言)は、多くの外国人が真っ先に好んで学ぶ語彙の1つでもあり、手の込んだ子音の使い方に驚くのである。
禁止ワードの数が限定的な英語(fワードないしnワードなどポリティカル・コレクトネスに基づく規制)と異なり、ロシア語では法的に禁止されている、もしくは言語学的な見地から使用がはばかられる言葉がある。
こうした語は、公共の場所で口にしたり書いたりしてはいけない。これらの語をTVで耳にすることもなく、もし本や演劇で使用される場合は、いずれも18+とマーキングされる。
どういった語が禁句なのか?
2025年に新たに承認された公式の「ロシア語詳解辞典」では、禁句に分類される14の語根が列挙されている。これらの語根を含む言葉が、卑猥な罵詈として禁句、NGワードに含まれる。そのリストに語根「-жоп-」(ケツ)を記者たちが発見したことから、これを含む言葉が禁止語彙になったとして騒ぎが起きた。
ロシア連邦通信・情報技術・マスコミ分野監督庁はあわてて沈静化につとめ、これらの語がタブーとなるわけではないと説明した。しかし、粗野な罵詈で、卑猥なスラングに属することには変わりはなく、「社会的および国家的な意義を持つ公的コミュニケーション等」に使用してはならない。
「当然ながら、公的なスピーチにж*па(ケツ)という語は相応しくありません。しかし、それはこの語がロシア語において“使用が禁止される”ということにはなりません」
と、ロシア科学アカデミーロシア語研究所のヴラジーミル・パホーモフ研究員は自身のTelegramチャンネルでコメントしている。
完全に禁止されているのは、"х"、"п"、"ё"、"б"の4文字から始まる言葉と、その派生語である。
どんな違いが?
ロシア語には、微妙な境界線がある。前述の通り、公共の場での使用が法律で禁止されている語彙があり、各種SNSでもNGワード扱いで、公衆の憤慨を呼びかねないほど卑俗な言葉とされている。もっとも、多くのロシア人は友人同士の会話で気軽にこれらのワードを用いているのも事実である。
一方で、禁止用語でもなく、NGワード扱いでもない罵倒語や俗語もある。だがこれらも、多くのケースでは使用するのは無作法とされる。教養と育ちの良さをアピールしたいのなら、公の場では使うべきではない。上司や初対面の相手との会話で使わないのはもちろん、子供の前でも言うべきではない語とされる。しかしながら子供にとって、マットや罵り言葉は自己表現や反抗の手法でもあり、低学年の子供達の間でさえ、実にさまざまな語彙が聞かれることがある(近くに大人がいなければ、だが)。
さらに、より「ライト」な罵り言葉として、俗語的表現ではあるが、粗暴ではないものもある。「Дурак」(馬鹿)、「чёрт」(悪魔)といった語が相当する。
なにはともあれ、マットは何世紀にもわたって形成されてきた、ロシア語の大事な一部であり、スラブ人の古くからの儀式的伝統とも関わりがあるという、歴史的一面も有している。加えて、ロシア人が生みだした婉曲語法は多彩で、似たような響きながら、通常の会話でも使用可能な語彙を数多く生み出してきた。そのため、そうした婉曲語法を通してマットはロシア人の通常の会話にも形を変えて密かに日常的に存在している。多用される一般的なフィラー(つなぎ言葉)でもある「блин」(パンケーキの「ブリン」の意)でさえ、マットの影響がある。
「社会的に許容されたものと禁止されたものの間のバランスの取り方自体も、内容を伝達する有効な手段であり、コミュニケーションの一形態だ。禁止されたものを取り除いてしまえば、ロシア語は一気に貧しくなる」
と、言語ポータルGramota.ruは言語学者のアナトリー・バラノフ博士とドミトリー・ドブロヴォリスキー博士の談話を引用している。