325年前のこの日、ナルヴァの戦いがあった

グスタフ・セーデルストローム
グスタフ・セーデルストローム
この戦いが、北方戦争の最初の大会戦だった。ロシア、デンマーク、ザクセン、ポーランド・リトアニア共和国は連合して、強大なスウェーデンに挑んだ。

 1700年9月、ロシア軍はスウェーデン領イングリアの中心都市ナルヴァを包囲。11月、ナルヴァを救援すべくカール12世自ら出陣した。

 約1万のスウェーデン軍に対し、シャルル・ウジェーヌ・ド=クロイ公爵率いるロシア軍は3倍の約3万。しかし、統制がとれ機動力に富むスウェーデン兵にカール12世の軍略が合わさり、勝敗は決した。

 11月30日、カール12世は激しい吹雪を利用し、伸びきったロシア軍の戦線を突いて3カ所で寸断した。ロシア軍の中心は両翼と分断されて指揮系統が麻痺し、経験の浅い兵士たちに動揺が広がった。

 ロシア軍を襲ったパニックは、外国出身の指揮官に対する憎しみに変わっていった。報復を怖れたド=クロイと一部の将校たちは降伏して捕虜となる。ロシア軍の部隊は次々と敗走し、逃亡する兵士たちの重みでナルヴァ川に架かる橋が崩落するほどだった。

 撤退しなかったのは、西欧風に新編成されたプレオブラジェンスキー、セミョノフスキー、レフォルトフスキーの各連隊のみだった。彼らは荷車を防壁にして陣地を形成し、夜になるまで攻勢を退け続けた。

 翌日に行われた交渉の結果、ロシア軍は武器を持って撤退できることになったが、輜重と砲を持ち帰ることは許されなかった。損失はロシア軍が7000人、スウェーデン軍は2000人とされる。

 ロシアは片付いたと判断したカール12世は、残りの敵に集中した。一方のピョートル1世はこの敗北を、苦いが重要な教訓と捉えた。彼は軍の再編に以前にも増して注力し、新しいロシア軍は1709年のポルタヴァの戦いに勝利して、最終的に北方戦争を制することになる。