ソ連で開発された先進的な通信機器5選

ロシア・ナビ(写真:科学技術博物館提供、Paperkites, Makhnach_M/Getty Images)
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最初のテレビ、最初のコンピューター、最初の携帯通信システム・・・ソ連では独自の通信技術を開発してきた。中には21世紀になっても充分に機能していたものもある!

1.「喋る紙」装置

ロシア・ナビ(写真:科学技術博物館提供、Paperkites, Makhnach_M/Getty Images)
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 エンジニアのボリス・スクヴォルツォフは1931年、当時としては驚天動地のアイディアを提示した。音をレコード盤ではなく、普通の紙に録音するというのである。録音と再生は映画フィルムと同じ、光学方式によるものだった。

 印刷所でサウンドトラックを細長く印刷し、それらを貼り合わせて長いテープにした。「喋る紙」の最初の量産タイプは1940年に登場した。見た目はラジオそっくり。1941年春までに約700個が組み立てられた。しかし戦後になるとLP盤の登場、さらにその後はテープレコーダーの登場によって消えてしまった。

2.ラジオ受信機SVD-1

ロシア・ナビ(写真:科学技術博物館提供、Paperkites, Makhnach_M/Getty Images)
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 こちらは、ラジオ通信分野において先進的だった一品。1936年にアレクサンドロフスキーラジオ工場でソ連初のスーパーヘテロダイン式ラジオ受信機(電波を強化した、より高品質な通信が可能)の生産を開始した。完全なオリジナルではなかったが、民生用の受信機が大量生産され始めたのは、この時からである。

 強力なスピーカーや短波・長波への対応といった長所に加え、上品でスタイリッシュなデザインも特徴。その後は技術の進歩著しく、生産は1941年に終了した。

3.機械式テレビジョンB-2

ロシア・ナビ(写真:科学技術博物館提供、Paperkites, Makhnach_M/Getty Images)
ロシア・ナビ(写真:科学技術博物館提供、Paperkites, Makhnach_M/Getty Images)

 B-2は1935年、レニングラードのコジツキー工場で生産が開始された。画面は切手サイズ、映像はモノクロで揺れがちだった。しかし1930年代当時は、これでも魔法のように思われた。内部には、円盤が回転して画像を投影する機構が組み込まれている。

 実際のところ、B-2は受信した信号から映像を解析するテレビアタッチメントに過ぎなかった。B-2に加えて真空管受信機と、音声用の受信機も購入する必要があった。それでも、1931年には初の機械式テレビジョン放送が行われた。実に30分間の放送である。 

4.コンピューター「アガト」

ロシア・ナビ(写真:科学技術博物館提供、Paperkites, Makhnach_M/Getty Images)
ロシア・ナビ(写真:科学技術博物館提供、Paperkites, Makhnach_M/Getty Images)

 ソ連初の量産型のパーソナルコンピューターである。1980年代に複数の工場で製造され、2000年代まで使われていた。アメリカのアップル製コンピューターがベースだが、ソ連のエンジニアたちは設計面でも技術面でも、ほぼ全般にわたって作り変え、部分的には参考元を超えさえした。

 「アガト」は色域がより広かったため、カラフルなアニメーション付きの教育用やゲームのアプリケーションを作れた。そもそもこのコンピューターは教育目的を第一に想定しており、ソ連の子供たちが初めて触れるPCだった。

5.加入者用無線機「アルタイ」

ロシア・ナビ(写真:科学技術博物館提供、Paperkites, Makhnach_M/Getty Images)
ロシア・ナビ(写真:科学技術博物館提供、Paperkites, Makhnach_M/Getty Images)

 携帯電話通信は、1960年代ソ連に既に存在し、2010年代初頭に2Gと3Gのデジタル機器が浸透するまで使われていた。

 モスクワのコテリニチェスカヤ河岸通りのスターリン様式ビルに最初の基地局が設置された。加入者は役人で、公用車の「ヴォルガ」に通信ステーションが設置された。

ロシア・ナビ(写真:TASS、Paperkites, Makhnach_M/Getty Images)
ロシア・ナビ(写真:TASS、Paperkites, Makhnach_M/Getty Images)

 1983年には数十の都市と千以上の加入者を通信網がカバーし、通信精度も向上して、普通の電話と同じように会話できた。ただし、重大な欠点があった。通信回線がオープンで、容易に盗聴可能だったのである。

*科学技術博物館のヴェリーキー・ノヴィゴロド分館で開催中の常設展「情報の世紀 時代と技術を巡る人類の旅」にて、これらの他、多数の展示物を公開中。