革命前のカカオが、いかにしてソ連および現代ロシアで人気を博すようになったのか?

ロシア・ナビ(写真:claudiodivizia/Getty Images, 「クラスヌイ・オクチャブリ」工場, アレクサンドル・オフチンニコフ/TASS)
ロシア・ナビ(写真:claudiodivizia/Getty Images, 「クラスヌイ・オクチャブリ」工場, アレクサンドル・オフチンニコフ/TASS)
緑色のパッケージのカカオパウダー「ゴールデンラベル」は、ソ連で育った人なら誰もが知っている商品である。この製品は今なお生産が続けられており、すでに100年以上の歴史を持つ。

 「ゴールデンラベル」というカカオへの言及が最初に見られるのは1908年、製菓工場「エインエム」の価格表であった。同工場では、同名のデザート用チョコレートも製造していた。

「クラスヌイ・オクチャブリ」工場 「ゴールデンラベル」(ロシア語で直訳すると「金のラベル」)カカオ
「クラスヌイ・オクチャブリ」工場

 カカオは貴族やボヘミアン階級——例えば「銀の時代」の詩人たち——に愛飲されていた。ウラジーミル・マヤコフスキーも、この飲み物の力について詩の一節を残している。

 革命後、製菓業は国有化され、以来この工場は「クラスヌイ・オクチャブリ」(ロシア語で直訳すると「赤い十月」)という名称で呼ばれるようになった。

パブリックドメイン
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 カカオは次第に大衆的な飲み物となり、広告はその効能や豊かな風味の濃厚さを訴えた。ちなみに「ゴールデンラベル」には砂糖が加えられておらず、原材料は極めて単純で、カカオパウダーと香料の「バニリン」のみである。一方でその脂肪分は15%以上あり、ソ連時代にはこの点が評価され、栄養価の高い飲み物として子どもたちに積極的に与えられるようになった。さらに、科学者たちはカカオが脳の働きに良い影響を与えることを明らかにした。

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 1960年代には生産量が6倍に増加し、まさにこの時期に、今なお非常によく知られている緑色のパッケージデザインが誕生した。原材料であるカカオ豆の不足はまったくなく、友好国であったラテンアメリカやアフリカの国々から豊富に輸入されていた。