サンクトペテルブルクのエジプト橋はどのように生まれたのか?(写真特集)

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当時、エジプトブームはヨーロッパ全土を席巻していた。

 サンクトペテルブルクを散策していれば、この建築的傑作の前を通り過ぎることは不可能だ。エジプト橋は、フォンタンカ川を挟んでレルモントフスキー大通りの両側をつないでいる。まさに驚くほど美しく街を彩る存在である。

Marica van der Meer/Arterra/Universal Images Group / Getty Images
Marica van der Meer/Arterra/Universal Images Group / Getty Images

 この橋がかけられたのは1826年で、盛大な開通式が行われたのは9月6日のことだった。

A.F.ロレンツ
A.F.ロレンツ

 当時、エジプトブームはヨーロッパ全土で花開いていた。この古代文明の芸術への関心は、ナポレオンのエジプト遠征をきっかけに始まり、ヨーロッパの人々が「新しい」文化世界を発見したことによるものだった。

エルミタージュ
エルミタージュ

 ロシアも例外ではなかった。ペテルブルクでは、エジプト橋のほかにも、大学河岸通りに本物のスフィンクス像を見ることができ、プーシキンの町にはエジプト門があるなど、伝説にまつわる遺物が数多く存在する。

František Krátký
František Krátký

 橋を「守る」鋳鉄製のスフィンクス像は、同じ1826年にペテルブルクで鋳造されたものである。各像の重さは約2トンにも及ぶ。

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 この橋は1905年に崩落するまで、鎖でつるされた吊り橋だった——この出来事は、市中に様々な伝説を生み出すきっかけとなった。

カール・ブラ
カール・ブラ

 1905年1月20日、橋を通過していた近衛騎兵連隊の重さに耐えられず、橋は突然崩落した。何人かの人々が馬とともにフォンタンカ川の氷のように冷たい水に落ちたが、深刻な被害を受けた者はいなかった。

カール・ブラ
カール・ブラ

 しかし鎖が切れ、橋の桁は川へと落下した。崩落の原因については今なお議論が続いている。構造の老朽化を指摘する説、設計上のミスを指摘する説、そして共振現象を指摘する説などがあり、この共振説が最も有名な説の一つとなっている。橋を揺らさないようにするため、「隊列を組んで足並みを揃えずに歩け」という号令がこの事故をきっかけに生まれたと言われている。

サンクトペテルブルク中央映画・写真資料公文書館
サンクトペテルブルク中央映画・写真資料公文書館

 この場所には、半世紀にわたって仮設の橋が架けられていた。1955年、ソビエトの技術者たちが、歩行者、自動車、路面電車のための新たな金属製のフレーム橋を建設した。この橋も、円柱や装飾模様を用いた同じエジプト風のデザインで仕上げられている。

ツェリック / Sputnik
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 一方、橋のたもとに立つスフィンクス像は、1826年当時のものが今もそのまま残されている。

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