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ソ連初のキャンピングカーを自作した作家

一見すると、ごく普通の「ポルトルカ(1トン半トラック)」である。しかし車体をよく見ると・・・家がある!しかも運転するのは、有名作家のミハイル・プリーシヴィンだ。

 大自然をテーマに多くの作品を発表してきたプリーシヴィンは、60歳を過ぎた1930年代初め頃に運転を学んだ。彼にとって自動車は趣味ではなく、必需品だった。プリーシヴィンは創作のテーマや素材を求めて、国内を頻繁に旅行していた。

 「自分より年上は見かけなかったし、しばらく見ないだろう。モスクワで最高齢のドライバーだと思っている」

 と、プリーシヴィンは語っている。

 当初はオペルに乗り、運転には自信があったようだ。後にヴャチェスラフ・モロトフにGAZ-Aモデルの購入許可を申請し、無事許可されると愛車を「マーシャ」を名付けた。だが最も熱中したのは、モーターホーム(キャンピングカー)の自作だった。

 きっかけは、1939年にある雑誌が中古の1932~1938年製1トン半トラックGAZ-AAを提供してくれたことだった。プリーシヴィンはこの雑誌に紀行文を載せることになっていた。

 「早春から深秋まで旅に出るために、このトラックにどうやって猟師小屋を建てつけるかを考えた。家具師や大工と相談を重ねて、私は合板を重ねたシンプルな車体を作ることに決めた」

 と、プリーシヴィンは回想する。

 こうして、ごく普通のトラックは「4部屋のアパートメント」に変身。仕事部屋、3人分の専用寝台がついた寝室、写真暗室、犬用の部屋という構成である。

 モーターホームは「マザイ」という通称を与えられた。プリーシヴィンはこれに乗って早春から深秋まで旅し、森も悪路も走り抜けたのである。