偉人たちはロシア語について何を語ったか:詩人・作家、思想家、学者らの言語観
1.イワン・ツルゲーネフ(『散文詩』「ロシア語」)
疑いの日々に、祖国の運命についての重苦しい思索の日々に、――おお、偉大にして力強く、真実にして自由なるロシア語よ、汝だけが私の支えであり、拠り所である! もし汝がなかったなら、祖国で起きている一切を目にして、どうして絶望に陥らずにいられようか。だが、このような言語が偉大な民族に与えられていないなどとは、信じることができない!
2.イワン・ツルゲーネフ(『父と子』をめぐる書簡より)
私たちの言葉、私たちの美しいロシア語を守りなさい。この宝を、この遺産を、先人たちから受け継いだのである。その先頭には、やはりプーシキンが輝いている!――この強力な道具を、敬意をもって扱いなさい。巧みな手にかかれば、それは奇跡を成し得るのだ!
3.ニコライ・ゴーゴリ(『友人たちとの往復書簡からの抜粋』)
わが言語の尊さには驚かされる。どの音も贈り物のようであり、すべてが粒立ち、大きく、まるで真珠そのもののようだ。しかも実際、ある名などは、その物自体よりもなお貴いのである。
4.ニコライ・ゴーゴリ(『死せる魂』)
的確に言い表されたロシア語ほど、雄壮で、活き活きとし、そのまま心の底からほとばしり出て、煮えたぎり、脈打つように響く言葉はない。
5.アレクサンドル・プーシキン(イワン・クルィロフの『寓話』の、レモント氏による翻訳序文について)
文学の素材として見るならば、スラヴ=ロシア語は、あらゆるヨーロッパの言語に対して疑いえぬ優位を持っている。その運命はきわめて幸福であった。11世紀、古代ギリシア語は突如として自らの語彙を、調和の宝庫を、この言語に開き、練り上げられた文法の法則、美しい言い回し、荘重な言葉の流れを授けた。ひと言でいえば、ロシア語を養子とし、そのことによって時の流れに委ねられていた遅々たる改良から救ったのである。もともと響き豊かで表現力に富んでいたこの言語は、そこからさらに柔軟さと正確さを受け取った。
6.コンスタンチン・パウストフスキー(『黄金の薔薇』)
多くのロシア語の単語は、それ自体で詩を放っている。ちょうど宝石が神秘的な輝きを放つように。
7.ミハイル・ロモノーソフ(『ロシア文法』)
神聖ローマ皇帝カール5世は、神とはスペイン語で、友人とはフランス語で、敵とはドイツ語で、女性とはイタリア語で話すのがふさわしいと語っていた。だが、もし彼がロシア語に通じていたなら、きっとこれに付け加えたであろう。ロシア語ではそれらすべての相手と話すのがふさわしい、と。なぜなら彼はこの言語のうちに、スペイン語の壮麗さ、フランス語の活気、ドイツ語の力強さ、イタリア語の優美さ、そしてそれに加えて、ギリシア語とラテン語の豊かさと、描写における力強い簡潔さを見出したであろうからである。
8.マクシム・ゴーリキー(「私はいかにして文章を書くことを学んだか」)
ロシア語は尽きることなく豊かであり、しかも驚くべき速さでますます豊かになっている。
9.ヴィッサリオン・ベリンスキー(「ロシア語擁護の声」への反論)
ロシア語は、単純で自然な概念を表現するうえで、きわめて豊かで、柔軟で、しかも絵画的である。その証拠として、ロシア語では、同じ行為のさまざまなニュアンスを表すために、同じ語根を持ちながら異なるアスペクトを持つ動詞が、時には10個以上も存在することが指摘されていた。
10.アレクサンドル・ゲルツェン(『過去と思索』第4部)
わが言語の主要な特質は、あらゆることがこの言語で驚くほど容易に表現されるという点にある。――抽象的な思想、内面的で抒情的な感情、「ねずみのようにせわしない人生」、憤激の叫び、きらめくいたずら心、そして心を揺さぶる情熱までも。