カナダの首相、ソ連のノリリスクにあらわる

ヴィャチェスラフ・ルノフ / Sputnik
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ノリリスクは、外国人が入れない閉鎖都市である。だがピエール・トルドーのために、初めて例外措置がとられた。

 1971年5月24日、カナダの首相ピエール・トルドーはマーガレット夫人を伴ってノリリスクに降り立った。カナダの使節団には彼らの他に閣僚、副大臣、ジャーナリストらを含めた35名がいた。ノリリスクの気温は-15℃で雪が積もっていたが、ほぼ街を挙げての大歓迎だった。なにしろ、冷戦の真っただ中の閉鎖都市に、外国からこれほど重要な賓客が訪れるのは初めてだったのだ。

ヴィャチェスラフ・ルノフ / Sputnik
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 当時のカナダは米国の経済政策に不満を抱いており、新たな盟友を求めていた。また、ソ連と同様、カナダも北極圏に広大な領土を有していた。しかし、永久凍土帯の上に大規模な都市を建設していたのはソ連だけだったため、トルドーはその視察を強く希望していた。

 「カナダ側は、文字通り全てのものに関心を示した。パイルの上にどのようにして複数階建ての住宅を建てているのか、どのように鉱石を採掘しているのか。訪れた労働者用の診療所のロビーは、天井からは本物のエキゾチックな植物が垂れ下がっていた。彼らは衝撃を受けていた。アイスアリーナでは、カナダ生まれのスポーツであるアイスホッケーを、子供たちがフル装備でプレイしているのを見て感激していた」

 と、使節団の通訳を務めたヴィクトル・スホドレフは著書で回想している。

ヴィャチェスラフ・ルノフ / Sputnik
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 ノリリスク市民は、トルドーが出会う人のほぼ全員に、カナダのシンボルであるメイプルリーフ柄のバッジを配っていたことを記憶している。

ヴァレンティン・ソボレフ / TASS
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 カナダ使節は11日間の訪ソ中、ノリリスクに2日間滞在した。同年秋、ソ連閣僚会議議長アレクセイ・コスイギンがカナダを答礼訪問。その後、双方は様々な分野での経済協力について協定を批准した。