なぜ、モスクワは環の街なのか?
1600〜1605年のモスクワ計画図。
ざっくり言って、モスクワの歴史は、環を発展させてきた歴史である。当初はクレムリンを囲んで商人や職人が住み着き、やがてそういった区画も堡塁で囲まれ、さらに外側に発生した区画をまた囲み、といった具合だ。こうして、現在の姿がある。
ブリヴァールノエ環状道路
チスタプルードヌイ大通り。
モスクワは16世紀末頃には一大商業都市となっていた。商工地区、修道院、庭園などを、いわゆる「白壁」が囲んでいた。18世紀末には、その場所に樹木が多く並ぶ広い通りができた。現在の私たちが知る、全長9kmのブリヴァールノエ環状道路である。
トヴェルスコイ大通り。
サドーヴォエ環状道路
改修前のゼムリャノイ・ヴァル。
やがて、近隣の村々がモスクワに接続され、土塁が新たな境界線を示すようになった。 土塁を意味するゼムリャノイ・ヴァールという地名は、現在のモスクワにも残っている。1812年のモスクワの大火災の後、かつての堡塁の跡地に柵付きの広い通りが設けられた。これが拡張して、やがてサドーヴォエ環状道路(15.6km)となる。
1825年のモスクワ計画図。
第3号環状道路
モスクワを囲む第3号環状道路は19世紀半ばまで、モスクワの法的な境界線を示すもので、カメル・コレジュスキー土塁と呼ばれていた。現在、その跡地には1990年代に開通した第3号環状道路(35㎞)が通る。なお、最近までは第4号環状道路の計画もあったが、結局はその代替として弦状の幹線道路の建設が決まった。
地下鉄環状線
1976年のモスクワ地下鉄。
モスクワ地下鉄には環状線が2つもある。第1の環状線(約20㎞)は、概ねサドーヴォエ環状道路のあたりを通っている。この路線の駅はスターリン・アンピール様式の代表的な建築群であり、どの駅で降りても、ソ連建築を楽しめる。
ソビエト時代のモスクワ地下鉄
第2の環状線は、世界最長の環状線とされている。地下を、実に57.5kmも伸びているのだ。
モスクワ中央環状線
20世紀初頭のモスクワ環状鉄道
地上の鉄道も環状線を形成している。1908年、中心から半径数kmを走るモスクワ周回鉄道が建設された。2016年、これをベースにモスクワ中央環状線(MCK)が営業開始した。地下鉄や郊外列車への乗り換えにも非常に便利な路線である。
モスクワ環状道路
1965年のMKAD
モスクワを一周する、全長約108㎞の環状自動車道路。1962年に開通した。1980年代まで、このモスクワ環状道路がモスクワ市の公式の境界線だった。現在では、モスクワ市の多くの区域がこの環状道路の外側にまで及んでいる。
また、モスクワ環状道路から30~70㎞の距離には、別の環もある。マーロエ・ベトンノエ環状道路、ボリショエ・ベトンノエ環状道路、そしてモスクワ中央環状道路である。