初の飛行服の開発史
最初の飛行服がロシアで開発されたのは、宇宙開発が始まるより以前の、1930年代だった。
上空8千メートル以上の高高度を飛ぶパイロットたちは、目眩や、時には失神といった症状を医師に訴えるようになった。
こうした課題に世界中の科学者が取り組んだ。例えばイギリスでは、高高度での潜水服の使用が提案された(なお、露語で高高度飛行服や宇宙服を意味する“スカファンドル”とは、フランス語で潜水服を意味する)。
エヴゲニー ・チェルトフスキー
一方、成層圏での飛行記録を狙っていたソ連では、独自の手法を追究した。課題に取り組んだのが、飛行医学研究所のエンジニアだったエヴゲニー ・チェルトフスキーだった。
当初は、気密式の特殊なコクピットの開発に注力したが、パイロットの体調を維持するには、それでは不十分だった。
「Ch-3」スーツを着用したパイロット
チェルトフスキーが最初の飛行服を開発したのは、1931年。この「Ch-1」は気密式のツナギで、視界用の小さなガラスがはめ込まれたヘルメット付だった。高高度まで上昇すると飛行服の中に空気が送られて気圧を調整し、パイロットを減圧から保護する。ただ、この飛行服の中では手足を動かせなかった。
この反省を活かした「Ch-2」では膝と肘の部分に稼働可能なジョイントが設けられた。
チェルトフスキーは約10年の間に7種類のプロトタイプを開発している。こうしたモデルには吸収力の高い保温下着、ゴム膜の層、肩部分のジョイントなどが追加されていった。1937年頃になると、飛行服の形状は後にガガーリンが宇宙飛行時に着用したものにかなり似てきた。
ガガーリンの宇宙服
後にチェルトフスキーは異なるモデル、例えば超音速飛行用の飛行服もテストしている。さらに進化して宇宙服が誕生するのは1950年代末。SK-1というモデルはガガーリンよりも前に宇宙を経験している。宇宙船には犬とともに、SK-1を着せられたマネキンが乗っていた。