サンクトペテルブルクの巨人像の謎 

Legion Media エルミタージュの巨人たち
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ギリシャ神話において、巨人たちは天空を支えていた。サンクトペテルブルクの巨人たちは、宮殿や賃貸住宅を彩る存在だった。

 巨人たちの役割は、装飾にとどまらない。支柱などの建築部材をカムフラージュする効果もある。こうした建築の伝統は古代ギリシャに端を発する。ギリシャ神話によれば、巨人たちは空が落ちぬように天を支える存在だった。

 古代神話の理想像は、18~19世紀のヨーロッパで復活した。サンクトペテルブルクも例外ではなく、都市に多くの物語を提供した。

エルミタージュの巨人たち

Legion Media 新エルミタージュ美術館の柱廊を支えているサンクトペテルブルクの最も有名な巨人像
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 サンクトペテルブルクの最も有名な巨人像は、1848年から新エルミタージュ美術館の柱廊を支えている。花崗岩製の、5mの像が10体。彫刻家アレクサンドル・テレベニョフの指導のもと、150人の職人が2年かけて完成させた。モデルとなったのは、アグリジェント(現在のシチリア)の古代ギリシャ様式のゼウス神殿遺跡のアトラス像である。

Parsadanov / Getty Images エルミタージュの巨人たち
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 これらのアトラス像はお互い非常に良く似ている。一部の想像力豊かな市民は、この像は夜ごとに動き出して、ポーズを変えると信じている。夜半にこの建物まで来ると、たちまちミステリアスな世界に巻き込まれるというのだ。サンクトペテルブルクの若い花嫁の間には、マルソヴォ広場を向く右側の巨人の足の親指をこすって幸福を呼ぶというジンクスがある。この像は第二次世界大戦中に大きく損傷したものの持ちこたえ、そのために守護者のイメージを得たのである。

Legion Media エルミタージュの巨人たち
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 ちなみに、公式にエルミタージュの歌とされているのは、ソ連時代に作曲された『アトラスたち』という歌で、その歌詞には次のような一節がある:

心に重荷あり 胸に寒さの募る時

夕暮れのエルミタージュの階段に来るがよい

幾世紀も忘れられ 水もパンも無く

アトラス達が石の腕で 天を支えている

住宅の巨人たち

Legion Media 実業家ロベルト・ヴェーゲの賃貸住宅(クリュコフ運河河岸通り14番)の巨人
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 住宅アンサンブルの巨人としては市内最大なのが、実業家ロベルト・ヴェーゲの賃貸住宅(クリュコフ運河河岸通り14番)のものである。サイズはエルミタージュの巨人たちに僅かに及ばないが、玄関口と庭への出入り口を支えるこの2体の巨人像も名高い。

 建築家セルゲイ・オフシャンニコフが設計し、1912~1914年間に建設されたこの住宅は、文化と建築に関心のある裕福な教養人たちに貸し出された。

 巨人像のほか、ギリシャ神話に題材をとった浅浮彫りの大理石で飾られ、ロビーのベンチは大理石のサテュロスが装飾されている。こうした神秘的な装飾の多さから、サンクトペテルブルク市民はこの住宅を「悪魔的」とさえ呼ぶ。この場所では電子機器が不具合を起こし、地磁気の異常が観測されると噂される。

Legion Media 実業家ロベルト・ヴェーゲの賃貸住宅(クリュコフ運河河岸通り14番)の巨人
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 一方、十二等官セルゲイ・アングラレスの賃貸住宅(サピョルヌイ横丁13番)の入口を守るのは、履物と毛皮を身にまとった、4体の少し変わった巨人像である。造形はいずれも大きく異なる。その険しい表情と強く握りしめられた拳から、現地の人々はこれらの像を「野人」もしくは「蛮人」と呼ぶ。

GAlexandrova (CC BY-SA 4.0) セルゲイ・アングラレスの賃貸住宅(サピョルヌイ横丁13番)の入口を守る巨人
GAlexandrova (CC BY-SA 4.0)

 この他にも様々な装飾がファサードを彩っている。ライオンや猫の顔、竜頭、女性や赤子の像など、多様なスタイルが混在している。

GAlexandrova (CC BY-SA 4.0) セルゲイ・アングラレスの賃貸住宅(サピョルヌイ横丁13番)
GAlexandrova (CC BY-SA 4.0)

 この住宅は1880年代に建築家パヴェル・デイネカが手掛けた。このように奇妙な装飾の混在は当初の計画には無かったが、建設中に内壁が崩れ、天井と屋根も陥没してしまった。そのため、巨人像をはじめ、建物の支柱を支えるその他の像が追加されたのである。しかし、なぜこのように奇妙な姿になったのか?

GAlexandrova (CC BY-SA 4.0) セルゲイ・アングラレスの賃貸住宅(サピョルヌイ横丁13番)
GAlexandrova (CC BY-SA 4.0)

 一節によると、職人が裕福な持ち主をからかってやろうと思い、古典的なアトラス像の代わりに、スラブ風の船曳き人夫を彫ったという。履物も、ロシアの冬の必需品というわけだ。通常、アトラス像は超然とした表情で表現されるが、この像の視線は通行人に向けられており、不安にさせるほどだ。なお、サンクトペテルブルクで起きた最初の自動車事故の1つは、まさにこの場所で発生している。

おまけ:サンクトペテルブルクのカリアティード

Legion Media ノヴォミハイロフスキー宮殿
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 もちろん、サンクトペテルブルクにはカリアティード、つまり女像柱もある。建築の世界では、カリアティードは軽い部材を支える役割を担うとされる。ノヴォミハイロフスキー宮殿(ドヴォルツォヴァヤ河岸通り18番)や、御料地管理局(リテイヌイ通り39番)が好例である。

Lion10~commonswiki (CC BY-SA 4.0)
Lion10~commonswiki (CC BY-SA 4.0)

 中でも最もオリジナリティ溢れるカリアティードは、シンガー社の発注で建設されたシンガーハウス(ネフスキー通り28番)の、地球儀型のキューポラを支える女性像だろう。

Legion Media シンガーハウス(ネフスキー通り28番)
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