第二次世界大戦に関するロシアの10の書籍
1. アレクサンドル・トワルドフスキー
『ワシリー・チョールキン 戦士についての本』(1942~45)
チョールキンは、ソ連の模範的兵士の集合的イメージと言える。陽気で、歌や騒がしい集まりを好み、勇敢で、自己犠牲を厭わない勇士。叙事詩の各章はいずれも、前線の日常における1つの出来事だ。トワルドフスキーは従軍記者だったので、その描写は、彼が実際に目にした光景である。
この叙事詩は民族叙事詩やロシア民話を連想させる。読者の人気も高く、また、作中では党やスターリンへの言及が一切無いのにもかかわらず、検閲側から問題視される事もなかった。
2. ワレンチン・カターエフ
『連隊の子』(1944年)
カターエフは、子供の目を通して戦争を見つめようとした、ソ連で最初の作家である。当時は、孤児となった多くの子供たちが軍とともに行動し、その一部は「連隊の子」となった。だが、この作品のモデルになったのが誰なのかは不明である。
作中、偵察隊が親を亡くした男児ワーニャ・ソンツェフを発見する。ワーニャは兵士たちとともに前線に残りたいと願い、後方に移送されても脱走してしまう。強情なワーニャの願いは聞き入れられ、時には作戦にも同行させてもらえるようになる。
3. ボリス・ワシーリエフ
『朝焼けは静かなれど』(1969年)
舞台はカレリヤの森林。後方攪乱を目論むドイツ兵と対峙する、1人の男性上官に率いられた5人の女性高射砲手の物語である。本部との通信は無く、彼女らは自主的な決断を迫られる。著者のワシーリエフは本作がフィクションだと認めているが、敵を阻止すべく命令の無いまま死地に留まった兵士たちの実話からインスピレーションを得たと語っている。
ワシーリエフ自身、開戦直後から志願兵として前線に行き、幾度も死と隣り合わせの危険に晒された。この小説は大好評を博し、ソ連時代と2015年の2度にわたって映画化された。
4. ダニイル・グラーニン、アレーシ・アダモーヴィチ
『封鎖の書』(1977~1982)
この本に戦闘描写は無いが、ぞっとする迫力に満ちている。包囲中のレニングラードについてのドキュメンタリーである。著者のグラーニンとアダモーヴィチは、外界と隔絶されたレニングラードの恐るべき悲劇を目撃した200人の証言を集めた。
その内容は、戦争の不都合な真実をあまりにも多く含んでいたため、ソ連時代は党指導部によって発禁にされていた。日の目を見たのは、ようやくペレストロイカが始まってからである。
5. ヴィクトル・ネクラーソフ
『スターリングラードの塹壕にて』(1946年)
作中、開戦初期に技師・工兵として召集された建築家は、後にスターリングラード攻防戦に参加することになる。この自伝的小説は戦後すぐに発表されて大反響を呼んだ。ネクラーソフはプロの作家ではなく、出版にもあまり期待はしていなかった。しかし「ズナーミャ」誌に掲載された本作はスターリン自身の目にとまり、ネクラーソフはスターリン賞を授与された。
この小説が多くの文学者から高い評価を得た結果、後に続くいわゆる「中尉の散文」と呼ばれる、「塹壕の真実」を描く作品が注目されることになった。そして戦争経験者たちは、こぞって回顧録を書き始めたのである。
6. コンスタンティン・シーモノフ
『生者と死者』(1959~1971年)
シーモノフは、最も心に迫る戦争の詩として名高い『私を待っていてくれ』の作者として名高い。しかし、彼の長編作品もまた、強い印象を残した。この三部作は、開戦から1944年夏までの時期を描いている。
そこには、戦争に翻弄された実に様々な運命が描写されている。中心的な登場人物は、従軍記者のイワン・シンツォフ。彼は包囲され、負傷し、近しい者を亡くすなど、戦争の様々な辛苦を味わう。フィクションではあるが、シーモノフ自身が記者として開戦から終戦まで従軍しており、登場人物の多くは実在のモデルが存在する。
7. ミハイル・ショーロホフ
『人間の運命』(1956~1957年)
革命後の内戦の時代を描いた大長編『静かなドン』でノーベル文学賞を受賞したショーロホフは、第二次世界大戦についても印象深い作品を残している。偶然の知り合った相手の体験談を聞き、必ずやこれを基に作品に仕上げると決めたのだった。『人間の運命』を映画化したセルゲイ・ボンダルチュク監督は、1959年のモスクワ国際映画祭で大賞に輝いた。
作中、前線に向かったトラック運転手のアンドレイ・ソコロフはドイツ軍の捕虜となり強制収容所に送られる。ソコロフは脱走に成功するが、彼の妻と娘たちが死亡した事を知る。戦争の最後の日には、唯一残った息子も戦死したとの報せを受ける。戦後、孤児となった小さな男児に出会ったソコロフは、自分が父親だと名乗る。こうして2人は、新たな人生を始めるのである。
8. ボリス・ポレヴォイ
『真の人間についての物語』(1946年)
ソ連邦英雄・パイロットのアレクセイ・メレシエフが主人公。1942年3月、彼は撃墜され森に墜落した。冷たい地面を負傷した脚を引きずり、彼は18日かけて人里まで這って行った。両足首を切断する重傷だったが、メレシエフは1年後には戦線に復帰し、たちまち敵戦闘機を2機撃墜してみせた。
これは、実話である。主人公のモデルとなったパイロットのアレクセイ・マレーシエフに従軍記者のボリス・ポレヴォイが出会ったのは、まさにこの奇蹟的なカムバックを果たした後であった。
ソ連時代、この小説は教材にも使われ、マレーシエフの名は子供でも知っていた。映画化もされ、セルゲイ・プロコフィエフは同名のオペラも作曲している。
9. アレクサンドル・ファデーエフ
『若き親衛隊』(1946年)
実話に基づいた小説で、占領地域でファシストと戦った若者の地下組織「若き親衛隊」を描く。若年のパルチザンのうち多くがドイツ軍に捕らえられ、拷問ののち処刑された。しかし拷問されても、仲間の名は漏らさなかったという。
これは小説ではあるが、アレクサンドル・ファデーエフは執筆にあたって目撃者たちの証言を集めた。最初のバージョンは戦後すぐの1946年に出版されたが、スターリンは本作が、地下組織の活動に関して党が果たした役割の描写が不十分として非難した。ソ連作家同盟書記長を務め、ソ連の代表的イデオロギー作家の1人であったファジェーエフは、本作に大幅な修正を加え、1951年に第2版を出版。こちらは学校の文学教材として履修されることになった。
10. ワシーリー・グロスマン
『人生と運命』(1950~59年)
作者自身の半生と経験に基づいた小説。グロスマンは長く従軍記者を務め、スターリングラード攻防戦も目撃した。疎開先の生活や、大粛清、粛清された者の親族が友人や近隣の人から避けられた事などを書いている。ナチスによるユダヤ人殺戮も目撃した(グロスマンの母親はドイツ占領地域で死亡している)。
現在では、グロスマンのこの三部作は、「20世紀の『戦争と平和』」と呼ばれることも多い。しかしスターリン体制に対する批判に満ちた本作(スターリンをヒトラーと比較までしている)は発禁となり、原稿も押収された。幸いにも原稿のコピーが残され、グロスマンはこれを国外に送り、1980年にスイスで出版に至った。ソ連で『人生と運命』が出版されたのはさらに遅い1988年、ペレストロイカの頃である。