『戦争と平和』におけるレフ・トルストイの分身は誰か?

キラ・リシツカヤ(写真:Fine Art Images/Heritage Images, Keith Hamshere/Getty Images)
キラ・リシツカヤ(写真:Fine Art Images/Heritage Images, Keith Hamshere/Getty Images)
実は、この小説には2人いる。

 結婚し、『戦争と平和』の執筆に取りかかるはるか以前、1851年、作家レフ・トルストイ(1828~1910年)は日記の中で、美しい男性について興味深い考察を書き留めている。この問題は彼にとって最も重要なものの1つとなった。すなわち、「真の」貴族であるとは、いかなることなのか。優雅で、洗練され、非の打ちどころがないとは、どういうことなのか。

 手の届かない理想へのこの憧れは、彼の初期作品にも見られる。『青年時代』においてトルストイは、「コム・イル・フォー」な、つまりあるべき姿の男性とは何者かを、詳しく説明している。真のダンディーの特徴を列挙しながら、作家は、完璧なフランス語の発音、長く伸ばした爪をきちんと切りそろえること、優雅にお辞儀をし、踊る能力を挙げる。そして、これらの特徴のなかに、「意図的な無頓着さ」を加えている。

Fine Art Images/Heritage Images / Getty Images レフ・トルストイの肖像画。モスクワ、レフ・トルストイ国立博物館所蔵。
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 トルストイは、自分自身も外見を完璧にするためにかなりの努力を費やしたことを認めている。しかし、友人たちが、まさにその努力をどうして隠すことができるのか、彼には理解できなかった。彼らの場合、すべてがまるで自然にそうなったかのように見えたのである。

 トルストイ自身は、伯爵という肩書きを持ちながらも、社交界では痛々しいほど内気に感じ、自分の魅力に乏しい容貌に苦しみ、ぎこちなく振る舞っていた。「自分が自らをどう見ているか」と「自分がどうありたいと望むか」とのあいだにある、この内的な裂け目を、彼は『戦争と平和』のページへ移し替えたのである。

Legion Media ヘンリー・フォンダ(ピエール・ベズーホフ役)、メル・ファーラー(アンドレイ・ボルコンスキー公爵役)。
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 文学史家アンドレイ・ゾーリンが指摘するところでは、ヒロインのナターシャ・ロストワをめぐるピエール・ベズーホフとアンドレイ・ボルコンスキーの競争は、実のところ、2人のトルストイ、すなわち現実のトルストイと理想のトルストイとの競争である。

 ピエールは、作家が内面において自分自身をそのような人間だと見なし、考えていた姿である。すなわち、不器用で、探求を続け、過ちを犯しがちで、自己省察に傾く人物である。これに対してアンドレイ公爵は、トルストイが生涯を通じてむなしく目指し続けた、到達不能な理想であった。

 そして、この戦いでは、作者の構想によれば、現実のトルストイが勝利した。小説の最終稿では、アンドレイ公爵は悲劇的な死を遂げ、ピエールに道を譲るのである。