世界初の女性宇宙飛行士についての10項目
ヴァレンティーナ・テレシコワの歴史的な宇宙飛行は1963年6月16日のこと。飛行時間は2日間と22時間50分。この間に宇宙船「ヴォストーク6号」 は地球を48周し、実に197万1千キロを飛行した。
初の女性宇宙飛行士として選ばれるまで、テレシコワは約800人の選抜を勝ち抜いたが、経験という点においてはそのうちの何人かに劣っていた。彼女を優位にした要因はプロレタリア階層出身であったこと、社会活動にアクティブであったこと、そして彼女のカリスマ性であった。
テレシコワ専用に、彼女の体形を考慮に入れた宇宙服SK-2が開発された。USSRを意味する「СССР」の文字入りエンブレムと、オリーブの枝を咥えた鳩が描かれている。その鳩からは、ソ連を構成する15の共和国を象徴する、15の光線が伸びている。
着陸後の幸せそうなテレシコワが移る記録フィルムは、実際には捏造されたものだ。着陸時のテレシコワは体調が優れず、すぐに病院に搬送された。明るいイメージの映像は、翌日に撮影されたものである。
テレシコワの宇宙飛行時のコールサインは、カモメを意味する「チャイカ」だった。このコールサインにちなみ、ウグリチ市の時計工場は1963年に同名の時計の発表し、46年にわたって製造し続けた。
1969年1月22日、テレシコワを含む宇宙飛行士たちを乗せた自動車が銃撃された。犯人はヴィクトル・イリイン少尉で、本来はブレジネフを狙ったのだが、標的の車を取り違えた。乗客は無事だったが、運転手が死亡した。
テレシコワの一番好きな惑星は、火星。彼女の宇宙飛行50周年を記念した記者会見で、テレシコワは火星に降り立つのが夢だったと語り、「片道切符」でもいいから行きたいとまで言った。
ソ連、ロシア、そして外国から約30の勲章を授与されており、ソ連邦英雄の称号も得ている。それらの中でも変わり種は、ガーナのヴォルタ勲章、ネパールのトリシャクティ・パッタ勲章、エジプトのナイル勲章などだ。
テレシコワのミッションは成功したものの、ソ連の宇宙計画を率いた設計者セルゲイ・コロリョフは、女性を宇宙へ送るべきではないとした。次に宇宙飛行を果たした女性はスヴェトラーナ・サヴィツカヤ、19年後の1982年のことだった。
テレシコワは歴史上、単独で宇宙飛行を果たした唯一の女性である。以降の女性宇宙飛行士は全て、2人以上のチームの一員として飛行している。