ロシアのサモワールがイランに?
「サモワール」という語は、イラン人なら誰でも知っているが、それがロシア語由来だと知る人は少ない。イランのものだと思われているのだ。
ロシアでサモワール作りが始まったのは1730~40年代。特に、名高い実業家のデミドフ家がウラルとトゥーラの工場で製造していたのが最初期のものとして有力候補だ。その後、他の地域でも製造されるようになった。後年、ペルシャ(1935年まで、イランはペルシャと呼ばれていた)の君主ナーセロッディーン・シャーはロシアで、ロシア式の食事の伝統に触れた。
彼は1873年以降、ロシアを3度公式訪問している。目的は、ペルシャに導入すべくヨーロッパの先端技術に触れることであった。カスピ海を渡り、モスクワ、コロムナなど諸都市を経てペテルブルクに至るという行程だった。
一説によると、ナーセロッディーン・シャーは珍しいロシアのサモワールを数点、自ら持ち帰ったという。また別の説では、サモワールはロシアの商人から贈られたものだったともいう。いずれにせよ、シャーとその宮廷ではサモワールを使ったティータイムという風習は気に入られたようだ。
トゥーラの商人バターシェフ家とシェマーリン家は、イランへのサモワール輸出を始めた。
やがてイランの職人たちが独自にサモワール製造を行うようになり、オリエンタルな装飾も施すようになる。一大産地となったのがボルージェルド市で、現在も製造が続いている。