誰がオクローシカを考案したのか?
“刻む”が名前の由来
「オクローシカ」という名前は、ロシア語の「細かく刻む」を意味する “крошить” と同じ語源を持つ。実際、この料理は細かく刻んだ野菜や肉にクワスやケフィアを注いで作られる。
その“親戚”とも言える料理には、古くからロシアで食べられてきた冷製スープ「ボトヴィニャ」や「チューリャ」がある。
最初のレシピは18世紀
オクローシカについて確認できる最古の記録は、1790年に出版された料理本『古きロシアの主婦、家政婦、料理人』である。
そこには次のようなレシピが記されていた。
「さまざまな焼き肉を細かく刻み、玉ねぎ、きゅうり、サワークリームを加える。そして塩を振り、きゅうりの塩水、またはクワス、あるいは酸っぱいシチーを注ぐ」
当時、クワスや塩水は、秋から保存されていた硬い塩漬け肉を柔らかくする役割も果たしていた。
もっとも、料理そのものはそれ以前から存在していた可能性が高い。あまりにも日常的な料理だったため、わざわざレシピを書き残す必要がなかったのだろう。
なお、当初のオクローシカは現在のようなスープではなく、少量のクワスを添えた肉料理の前菜に近い存在だった。
夏のスープへ
オクローシカが「夏の冷製スープ」として定着したのは19世紀初頭である。
この頃から、ゆでたジャガイモがレシピに登場するようになった。ジャガイモ自体はピョートル大帝時代にロシアへ持ち込まれていたが、一般に広まるまでには時間がかかった。
19世紀半ばになると、オクローシカは農村の食卓から上流社会のサロンへと進出する。
1861年の有名な料理本『若き主婦への贈り物』では、料理研究家エレーナ・モロホヴェツが、洗練されたオクローシカのレシピをいくつも紹介している。
精進版では、きゅうり、酢漬けキノコ、リンゴ、桃、ぶどうに、ジャガイモ、ビーツ、インゲンを加え、クワスと酸っぱいシチー、サレプタマスタード、オリーブオイルで仕上げていた。
一方、肉入り版には、ジビエ、牛肉、仔牛肉、羊肉、ハム、塩漬け肉などが使われ、さらにゆで卵、玉ねぎ、タラゴン、マスタード、サワークリームを加えてクワスで割るという豪華な内容だった。好みによって氷も加えられた。
ソ連時代に“現代版”が誕生
現在一般的に知られているオクローシカは、ソ連時代に形作られた。
1939年出版の『美味しく健康的な食事の本』には、夏の冷製スープ特集があり、肉入り、野菜入り、果物入りなど複数のオクローシカが掲載されている。
1960年代になると、従来の肉の盛り合わせの代わりにソーセージやウインナーを使うスタイルが広まった。
クワス派か、ケフィア派か
最初のオクローシカは当然クワスで作られていた。クワスは古代ルーシ時代から存在する発酵飲料で、記録は10世紀末にまでさかのぼる。
なお、1790年のレシピに登場する「酸っぱいシチー」はスープではなく、強い炭酸を持つクワスに似た飲み物だった。
一方、ケフィア版オクローシカが広まったのは比較的新しい。ケフィアはもともとコーカサス地方の飲み物であり、その効能がロシアで紹介されたのは1867年。工業生産が始まったのは20世紀初頭だった。
そのため、ケフィア入りオクローシカは、おそらくソ連時代に誕生したと考えられている。
現在では、アイランやタンといった発酵乳飲料、さらには炭酸水を使う人までおり、好みはさまざまだ。
「オクローシカの日」まで存在する
ロシアでは、オクローシカ人気があまりにも高いため、5月30日は「オクローシカの日」とされている。
暑い季節が近づくと、毎年のように「クワス派か、ケフィア派か」という論争が巻き起こる。
それもまた、ロシアの夏の風物詩なのである。
ぜひ、さまざまな具材や飲み物で、自分だけのオクローシカを試してみてはいかがだろうか。