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1956年ソ連時代のロシアはどんな様子だったか(写真特集)

イ・ペトコフ / Sputnik
フルシチョフの権力掌握、「雪どけ」、そしてスターリン個人崇拝の批判。ちょうど70年前、ソ連時代のロシアは、どんな様子だったのか。そして、どんな生活をしていたのか。

この国における最大の政治ニュースは、ソ連共産党第20回大会だった。ニキータ・フルシチョフは演説を行い、その主要な議題はスターリン個人崇拝の批判だった。一般には、この時点からいわゆる「フルシチョフの雪どけ」が始まったと考えられている。

フルシチョフの経済政策の重要な一部は、処女地開拓だった。小麦の収穫量を増やすため、それまで手つかずだった土地の耕作に、あらゆる努力が注ぎ込まれた。

収穫作業には、志願者、学生、兵士、そして国営企業の職員たちが送り出された。

ちょうど70年前、今年と同じく、イタリアのコルティーナ・ダンペッツォでオリンピックが開催されていた。これは、ソ連選手団が出場した最初のオリンピックだった。

しかも、ソ連代表団は金7、銀3、銅6のメダルを獲得した。これが、祖国で勝者たちを迎えたときの様子だ。

その一方で、ソ連国内では、第1回夏季全連邦スパルタキアード(ソ連および東欧諸国が行なっていた総合スポーツ祭)が大々的に開催された。

スポーツは全体として、ソ連の生活における重要な一部だった。大規模な体育パレードが行われた。

国中がサッカーに熱狂し、スタジアムは満員だった。

ピオネール(共産党の少年団の団員)や学生たちは盛んにハイキングに出かけた。

そして国中がスケートを楽しんでいた――現在のロシアに有名な女子フィギュアスケーターがこれほど多いのも、不思議ではない。

こちらは、スキー熱の分かりやすい一例。休日を過ごした人々が、郊外でのスキーを終えて電車で戻ってきている。

ソ連版マリリン・モンロー――女優イリーナ・スコブツェワ(のちに映画監督セルゲイ・ボンダルチュクの妻となり、彼のアカデミー賞受賞作、『戦争と平和』の映画化作品でエレン・クラーギナを演じた)。

ソ連のすべての女性は、彼女のようになりたいと夢見ていた。そしてパーマネントが流行した。

リャザン工作機械工場の組立工場。珍しいのは、従業員の大多数が女性であることだ。

ソ連では、女性たちは文字どおりあらゆる職業を身につけた。建設現場、煉瓦工、高所組立工のあいだにも、多くの「華奢なレディたち」がいた。

そして彼女たちは雑誌の表紙も飾った。

さらに、女性たちが安心して働き、同時に母親にもなれるように、どの企業にも乳児のための託児所が設けられていた。

モスクワ小型車工場の組立ラインでは、次代の国民車「モスクヴィッチ」の生産が進められている。

自動車はより手の届きやすいものとなり、人気のある趣味へと変わっていった。1956年には、ソ連で自動車レース選手権が開催された。

モスクワでもっとも美しい建物の一つ、「パシコフの家」付近のレトロな乗り物。

モスクワ地下鉄。写真は、1956年にソ連を訪れたイギリスのエネルギー関係者代表団によって撮影された。

モスクワのゴーリキー公園における、当時おなじみだった娯楽――パラシュート塔(今日では写真が残るのみだ)。

有名なオブラツォフ人形劇場の舞台裏。これは、ソ連で最も公演の多かった劇場の一つだった。1956年、この劇場は国際人形劇連盟(UNIMA)の加盟団体となった。

サイドカー付きのオートバイ「ウラル」――これはソ連民警の主要な乗り物だった。