バラライカを世界的に有名にした名手ワシーリー・アンドレーエフ

ロシア・ナビ(写真:Eduard Kozadaev/MAMM/MDF, Klipartz, blueringmedia/Getty Images, Boris Kosarev))
ロシア・ナビ(写真:Eduard Kozadaev/MAMM/MDF, Klipartz, blueringmedia/Getty Images, Boris Kosarev))
田舎の余興だった民族楽器も、彼の手にかかればオーケストラの一員に。そしてロシアのシンボルにまでなった。

 バラライカは19世紀末頃まで農民の楽器とされており、もっぱらチャストゥシカ(四行詩の俗謡)や民謡の伴奏に用いられていた。

フセヴォロド・タラセヴィチ/MAMM/MDF
フセヴォロド・タラセヴィチ/MAMM/MDF

 プロが大舞台でバラライカを演奏するなど、誰も想像しなかったであろう。そうした状況を一変させたのが、音楽家ワシーリー・アンドレーエフ(1861-1918)であった。

パブリックドメイン
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民衆から出た楽器

 トヴェリ州ベジェツク市出身の若い貴族だったアンドレーエフは、若い頃から音楽に熱中していた。彼自身の語るところによれば、ある時、使用人が玄関ポーチに座ってバラライカを弾いているのを聴いた。独特な楽器の奏でるそのリズムは、彼を魅了したという。

MAMM/MDF
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 「その時、自分でバラライカを演奏して、その演奏を極限まで高めたいという思いが、まるで脳に焼き付いたかのようだった」

 と、アンドレーエフは回想している。

yandex.ru/maps/Pavel Zhukov ベジェツクにあるバラライカの記念碑
yandex.ru/maps/Pavel Zhukov

 彼は演奏技術をマスターしたのみならず、バラライカの統一された規格も定めた。1884年に地元の大工がアンドレーエフのために最初のバラライカを製作したのち、試行錯誤を重ねた結果、バラライカは現在の形に落ち着いた。

 それまで、バラライカには統一された音のピッチが無かった。演奏者がそれぞれ、自己流に音を調整していたのを、アンドレーエフが統一的な規格を導入したのである。彼が開催したバラライカのコンサートは当時の聴衆にも音楽評論家にも好評で、「単純な楽器」の天才的演奏が評価された。

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燕尾服とバラライカ

アレクサンダー・オヴチニコフ / TASS ベジェツク郷土史博物館
アレクサンダー・オヴチニコフ / TASS

 アンドレーエフは職人のフランツ・パセルブスキーとセミョン・ナリモフとともに、バラライカのオーケストラ用への改良に取り組んだ。その結果、ピッコロ、プリマ、アルト、テノール、バス、コントラバスの各パート用のものが開発された。これによってプロ集団によるアンサンブルを編成して、難解な楽曲の演奏も可能になった。

パブリックドメイン セミョン・ナリモフと家族
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 1887年にアンドレーエフは「バラライカ演奏クラブ」を立ち上げ、翌年にはペテルブルグでの初公演を実現する。燕尾服を着用した立派な風采の楽士たちがバラライカを手に、ロシア民謡や、バラライカ用にアレンジされたクラシック音楽を演奏する光景を想像してみて欲しい。当時としては非常に珍しいその光景はたちまち評判となり、クラブの知名度を上げた。

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 1900年、アンドレーエフのクラブはパリ万博での公演も成功させた。ロシアのバラライカはセンセーションを呼び、アンドレーエフは楽団を率いてヨーロッパとアメリカ公演に赴き、喝采を浴びた。

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アンドレーエフ記念ロシアン・オーケストラ

 1897年にはクラブを土台に「大ロシアオーケストラ」が誕生し、1914年には「皇帝オーケストラ」となった。バラライカに加え、同じくロシア古来の楽器であるドムラの様々なバージョンや、グースリも一緒に演奏されるようになった。

アンドレイ・ソロモノフ / Sputnik
アンドレイ・ソロモノフ / Sputnik

 この頃にはバラライカとドムラの練習プログラムも整えられた。現在ではこうした民族楽器は、音楽大学やプロを養成する音楽学校でも履修されている。

E.マトヴェエフ / Sputnik コントラバス・バラライカ
E.マトヴェエフ / Sputnik

 1918年のアンドレーエフの死後も、オーケストラは彼の事業を継続した。1961年からはアンドレーエフ記念ロシア民族オーケストラの名称のもと活動している。

 現在では約60名の団員数をかかえ、ドムラ、バラライカ、グースリのほか、バヤンや吹奏楽器、打楽器も演奏されている。

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