19世紀末~20世紀初頭のクリミアはどのような姿だったか(写真特集)
幾世紀にもわたり、この半島には、ギリシャ、チュルク、スラヴをはじめとする多様な文化が流れ込み、その個性を形づくってきた。
19世紀末から20世紀初頭のクリミアには、クリミア・タタール人、カライム人、ブルガリア人、ウクライナ人、ロシア人をはじめとして、実にさまざまな民族が暮らしていた。彼らの多彩な伝統は、この地の景観や風土に色濃い痕跡を残している。
「クリミア半島は、海路と陸路が交差する要衝であり、古くから文化の対話が営まれてきた土地だ。ここでは、伝統や知識、思想の交流が絶えず続いてきた。この地の最大の財産は、その文化が織りなす唯一無二のアンサンブルにある」。ロシア民族誌博物館のユリア・クピナ館長はこう語る。
同館の新たな大規模な展示会では、クリミアの諸民族に伝わる伝統文化の資料・遺物250点以上を見ることができる。
展示は、半島の歴史的な源流をたどるとともに、そこに生きた人々の暮らし、労働、余暇、そして信仰のありかたを伝えている。
アルプカから望むアイ・ペトリ山、1891~1910年
クリミア・タタール人、19世紀末~20世紀初頭
バフチサライ近郊のウスペンスキー修道院、1860~1870年
クリミアのロマ(ジプシー)、1866年
セヴァストポリの教会、19世紀末~20世紀初頭
クリミアのユダヤ人、1866年
グルズフ――ヤルタ近郊の海辺の集落、1880~1889年
ウクライナ人、1877年
クリムチャク人(1世紀に黒海沿岸へ定住したと考えられるユダヤ人)の共同体からハハム(トーラーの学識者)への贈り物の献呈、1899年
クリミアのギリシャ人、1886年
礼拝を前にモスクの前に集うクリミア・タタール人、1906年
エフパトリアのジュマ=ジャミ・モスク、1913年
カライム人、1866年
エフパトリアにあるクリミア・カライムの祈祷施設「小ケナサ」入口、1913年
バフチサライの露店、1905年
シンフェロポリの通りでコーヒーを飲む人々、1907年
水を運ぶクリミア・タタール人、1907年
スダク近郊のタタール人の村メジュドゥレーチエ(アイ=セレズ)、1912年
シンフェロポリの市場で野菜を売る人々、1907年
2頭の牛に引かれた二輪荷車、1907年
羊の群れを連れた羊飼い、1925年
*「クリミアの諸民族」展は、サンクトペテルブルクのロシア民族誌博物館で2026年12月31日まで開催される。