ソ連時代のモスクワのスポーツポスター
クセニア・ラピナとナタリア・アファナシエワによる新著『ポスターで見るモスクワ、モスクワのポスター』(ボムボラ出版)には、モスクワ美術館のコレクションから、150点以上の作品が掲載されている。スポーツを奨励するポスターをいくつかご紹介しよう。
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スポーツは、ソ連のプロパガンダの重要な要素だった。新しい国家には、身体的に健康で強い人々が必要だったからだ。そういう人たちが、共産主義と工場を建設するはずだった。下のポスターには、「体育をするソビエト市民、万歳!」と書かれている。
最初は、赤の広場で大規模なスポーツパレードが開催され、間もなくいくつかの大きなスタジアムが建設された。若者たちは、そこに盛んに招かれ、体育にいそしんだ。
1928年、モスクワで大規模なイベント、第1回全連邦スパルタキアードが開催された。ソ連だけでなく、他の17カ国から、7千人超の選手が参加した。
「母なる国よ、あなたに私たちの記録を捧げる」。優れた体力の養成が、愛国教育の一部となった。
ソ連政府は、「労働と防衛の準備ができている」(GTO)と呼ばれる、一連の体育イベントを行った。若者たちは大挙して、GTO 基準をクリアする試験を受けた(下のポスターは、これを呼びかけている)。これは、第二次世界大戦の前線で、ソ連軍の兵士の訓練において、重要な役割を果たした。
ソ連は、最初はオリンピックへの参加を許されず、その後は自ら、この「資本主義的な競技大会」をボイコットした。しかし、社会主義圏の国々を対象に、オリンピックに類似した国際スポーツ競技会「国際親善スポーツ大会」を独自に考案した。
ソ連国内に多数あるスケートリンクも、盛んに宣伝された。スケートは、ソ連で最も人気のある冬の娯楽の一つだ。
スキーのクロスカントリーも、とても人気があった。それは、学校の体育の必修プログラムに含まれていた。
水泳も宣伝された。下の1947年のポスターには、次のように書かれている。
「もっと強く水をかけ!
大胆に風と波と闘い、
広い場所で身体を鍛えよ、
若者たちよ!」
ソ連史上最も重要な出来事の一つが、モスクワで開催された、1980年モスクワオリンピック(第22回夏季オリンピック)だ。大々的に宣伝され、オリンピックのマスコットキャラクターであるクマの「ミーシカ(ミーシャ)」を含むグッズが、ほぼすべての家庭に届いた。
オリンピックの重要なスローガンは、「スポーツ、平和、友情」だった。
オリンピックのために、多くのスポーツ施設、選手用宿舎、新しい地下鉄駅が建設された。そして、モスクワは、未来の都市として外国人に宣伝された。