ソ連にもマッチングアプリ「Tinder(ティンダー) 」のようなものがあった!

ソ連にもマッチングアプリ「Tinder(ティンダー) 」のようなものがあった!
Yuri Dolyagin/Sputnik
もっとも、それは印刷されたものだったから、マッチングの代わりに、気に入った広告をボールペンで丸で囲まなければならなかったが。

 ソ連でパートナーを見つける最も簡単な方法は、新聞に広告を出すことだった。「独身男性。48歳。身長166㌢。文系の教育を受ける。家庭的な性格。演劇と管弦楽が好きな、35歳以下の金髪女性との出会いを求む。モスクワ在住」。1976年に「文学新聞」に、こんな広告が載っていた。

 その返事として、彼は1万6千通の手紙を受け取った。

 1980年には、ラトビア共和国の首都リガの新聞「リガス・バルス」が、「文学新聞」に倣って、「出会い欄」を設けた。

ソ連にもマッチングアプリ「Tinder(ティンダー) 」のようなものがあった!
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 基本的に、この種の広告には、年齢、学歴、性格、趣味、さらには身長など、必要な情報がすべて含まれていた。そして、広告を出す人は、もちろん、生涯の伴侶を求めていたわけだが、相手にいくつかの条件をつけた。

ソ連にもマッチングアプリ「Tinder(ティンダー) 」のようなものがあった!
Sergey Samokhin/Sputnik

 たとえば、上の広告を出した男性(「控えめで、穏やかで、未婚」)は、「スタイルが良く、ふっっくらした、人生のパートナー」を探していた。グルジア(ジョージア)のバトゥミ出身の女性は、「私の子供たちの父親としての責任を負ってくれる、善良で賢く、酒を飲まない男性」との出会いを望んでいた。また、単に友達を見つけたいと思って広告を出した人もいた。

ソ連にもマッチングアプリ「Tinder(ティンダー) 」のようなものがあった!
Khasyanov, Boris Kaufman/Sputnik

 かつて広告は、文字数に応じて料金が支払われていたため、すぐに独自の略語が考え出された。 「悪習なし。高等教育を受け、ユーモアのセンスがある。高い収入があり、住まいもある」。これが、以下のように縮められた。「だ/せ あ/しなし, こ/きあり, ユ/セ, 高いし/に, す・あり」。

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