ソ連の体力検定プログラム「労働と防衛の準備ができている」が生まれた経緯(写真特集)
1931年3月11日、ソ連で、全連邦体育複合プログラム「GTO」(労働と防衛の準備ができている)が承認された。この体力増進プログラムは、学校、大学、専門学校で実施され、ソ連国民なら誰でも、トレーニングを受けて基準を満たし、「GTO」バッジを誇らしげに着用するチャンスがあった。
ソ連国民は、生産現場では模範的な労働者で、体育・スポーツに優れ、ソ連軍においては強い戦士でなければならなかった。
したがって、プログラム「GTO」には、身体の発達を促す訓練だけでなく、仕事や軍事に必要なスキルも含まれていた。たとえば、ランニング、ジャンプ、砲丸投げ、射撃、車両の運転、水泳、ガスマスク着用、ボート漕ぎなどだ。その後さらに、軍服を着てライフルを構えて走ることや、クロスカントリー、スキージャンプ、護身術なども加わった。
GTOの検定の合格者に、これを証する最初のバッジが授与されたのは、1931年12月のことだ。35人がその保持者となった。
1941年までに、合計600万人が GTOレベルIに合格した。そして1975年までにその数は7500万を超えた。
また、大人だけでなく子供も、GTO検定を受けた。