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ロシア文学の泣かせる作品8選
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イワン・ツルゲーネフ『ムムー』(1854年)
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聾唖の農奴ゲラーシムの悲痛な物語だ。彼は、専横な女地主に仕える、おとなしい屋敷番。彼は、洗濯女タチアナに好意をもつが、主人は彼女を別の男に嫁がせる。さらに彼は、自分を愛してくれた唯一の存在、犬のムムーを溺死させることを強いられる。犬が主人の気に障ったからだ。主人の言いつけにはやむなく従ったものの、彼はもはや主人に家に留まる気はなく、徒歩で故郷の村へ帰ってしまう。
この物語にとくに暗い雰囲気を与えているのは、この物語が実話に基づいていることだ。ツルゲーネフは、母親ワルワーラ・ツルゲーネワの家で起きた出来事を基にしたと考えられている。
*日本語訳:
中村融訳「ムムー」『ロシヤ短編集』、河出書房《市民文庫》、1953年。
矢沢英一訳「ムムー」『犬物語』、白水社、1992年。
アレクサンドル・クプリーン『ざくろ石の腕輪』(1911年)
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相手にはそれと知られぬ恋の物語。ヒロインのヴェーラ・シェイン公爵夫人は、謎の崇拝者から、ざくろ石の腕輪を贈られる。夫は妻の頼みで、お忍びでその崇拝者の正体を突き止める。下級官吏ジェルトコフだった。彼は、かつてサーカスで公爵夫人を見て一目ぼれし、以来ずっと彼女に手紙を送り続けてきたのだという。ジェルトコフは最後の手紙で、自分の生涯唯一の喜びの記念に、ベートーヴェンのソナタの一部を弾いてほしいと頼んだ。そして、彼は拳銃自殺する。この手紙を読んで公爵夫人は、大きな無償の愛に気づかなかったことを悟る。
ウラジーミル・コロレンコ『悪い仲間』(1885年)
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裁判官の息子ワーシャは、地下で物乞いをしている父親と暮らす子供たちと出会う。ある日、ワーシャは、リウマチで苦しむマルーシャを元気づけるために、亡き母が妹に贈った人形を手渡す。少年の行動は、父の咎めるところとなる。元使用人がワーシャのことを告げ口したからだが、彼は友人を裏切らない。しかしその後、彼は少女が亡くなったことを知る。妻を失った悲しみの中で子供たちのことを忘れていたことに気づいた裁判官は、失ったものを取り戻そうとする。
*日本語訳:
中村融 訳『悪い仲間・マカールの夢―他一篇』、岩波文庫、1958年。
アントン・チェーホフ『ねむい』(1888年)
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孤児の13歳のワーリャが召使として雇われる。彼女は一日中、いろんな用事をこなし、晩になっても、外出して一休みというわけにはいかない。主人の子供を揺すって寝かしつけなければならない。疲れきった彼女は、自分の苦しみの大本の原因は赤ん坊だと思った。そして、赤ん坊の首を絞め、嬉しそうに笑い、眠りに落ちた。
*日本語訳:
神西清訳『カシタンカ・ねむい 他七篇』、岩波文庫、2008年。
沼野充義訳『新訳 チェーホフ短篇集』、集英社、2010年。
その他
ニコライ・レスコフ『髪結いの芸術家』(1883年)
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地主のおかかえ劇団の、腕のいい美容師アルカジーの悲恋。彼の恋人、劇団の女優リューバが、カメンスキー伯爵に目を付けられていると知った彼は、彼女を説き伏せて駆け落ちする。しかし、二人はすぐに捕らえられてしまう。彼女は、狂人として家畜小屋にやられ、彼は、兵士として軍隊送りとなる。しかし、アルカジーは恋人を忘れず、数年後、リューバを買い取って農奴身分から解放すべく、戻ってくる。だが夜、彼は、強盗(屋敷番)に遭い、殺される。
*日本語訳:
『髪結いの芸術家:レスコフ作品集2』(中村喜和・岩浅武久訳、群像社「ロシア名作ライブラリー」、2020年。
フョードル・ドストエフスキー『おとなしい女』(1876年)
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作家は、これを幻想的な物語と呼んだ。貧困ゆえに若い女性が、質屋と結婚する。妻は夫を愛していない。一方、夫は妻に対して寡黙である――妻がおのずと自分の人間性を認め、心を開くことを期待したのだった。だが、これは二人の間に不信感と誤解を生んだだけだった。絶望に追い込まれた女は自殺してしまう。
*日本語訳:
井桁貞義訳『やさしい女・白夜』(講談社文芸文庫)、2010年。
その他
ミハイル・サルトィコフ=シチェドリン『ゴロヴリョフ家の人びと』(1880年)
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大家族ゴロヴリョフ家の女地主、アリーナ・ペトローヴナは、軽率にも、領地を息子たちに不均等に分けた。一番良い土地は、次男でおべっか使いのポルフィーリーにやった(長男ステパンは彼にユダというあだ名をつけていた)。悪い土地は、三男パーヴェルに。結局のところ、アリーナは無一文の、誰にも必要とされぬ人間になってしまう。“ユダ”は最後になってようやく、自分が人に無関心で蓄財に血道をあげ、人生を空しく過ごしたことに気づく。
*日本語訳:
西本昭治訳『ゴロヴリョフ家の人びと』『シチェドリン選集第7巻』(全8巻)、未來社、1987年。
レフ・トルストイ『アンナ・カレーニナ』(1877年)
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上流社会の人妻が、若い近衛将校アレクセイ・ヴロンスキーとの不倫に走る。彼女は夫カレーニンと別れ、愛人の子(娘)を産む。社交界はもはや彼女を受け入れず、離婚手続きで彼女は疲れ果てる。行き場を失ったアンナは、彼女にとって唯一正しいと思われる決断を下す。それは列車の下に身を投げ、苦しみを終わらせることだった。打ちのめされたヴロンスキーは出征し、二人の娘は、カレーニンに預けられる。
*日本語訳:
望月哲男訳 『アンナ・カレーニナ』、光文社古典新訳文庫(全4巻)、2008年。
その他多数