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キリル・セレブレニコフ監督の「チャイコフスキーの妻」を観るべき5つの理由
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1. カンヌ映画祭に出品される唯一のロシア映画である
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今、ロシアで製作されるオリジナル映画は飛躍の時期を迎えている。最近の映画祭でロシア映画が出品されていないことはほとんどないほどである。とりわけ、昨年、カンヌ映画祭では、キラ・コヴァレンコ監督の「Unclenching the Fists(原題)」が「ある視点」賞を受賞したほか、コンペ部門には、キリル・セレブレニコフ監督の「インフル病みのペトロフ家」とロシアとの共作であるフィンランドのユホ・クオスマネン監督の「コンパートメント6号」が出品され、「コンパートメント6号」は審査員特別グランプリを受賞した。
今年、カンヌ映画祭ではロシア映画の選考基準が変更され、国からの予算を得て撮影された作品は審査の対象とならないことが正式に発表された。映画祭への出品の候補となったのは3作品。「チャイコフスキーの妻」以外に候補となったのは、アレクサンドル・ソクーロフの軍事ファンタジー「おとぎ話」。またカンヌ映画祭と並行して行われる「監督週間」の選考では、最後の最後まで、ソクーロフ監督の弟子であるマリカ・ムサエワ監督のチェチェン語の作品「カゴを探す鳥」の出品が予定されていた。
2. ロシアのクラシックを大胆に
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ピョートル・チャイコフスキーが同性愛者だったことは周知の事実である。しかしロシアでは、多くの人々を対象とした伝記などで、この事実をはっきりと明記することはタブーとされていた。今回、キリル・セレブレニコフはこのタブーを破った。偉大な作曲家の性的な嗜好がここでは明確に描き出されており、この映画のメインテーマとなっている。
世界の名作曲家の1人であるチャイコフスキーについては、これまでに多くの映画が製作されている。よい作品だが、かなり「あっさりした」、イーゴリ・タランキン監督のソ連的伝記「チャイコフスキー」(1970年)は、国外はもちろん、ロシア国内でもほとんど知られていない。イギリスの監督、ケン・ラッセル「恋人たちの曲/悲愴」はチャイコフスキーの伝記をテーマにしたファンタジーである。発表されている資料を見る限り、セレブレニコフはここからさらに踏み込み、過去の資料に記録されている事実だけに基づいたチャイコフスキーの包み隠さぬ姿を描き出している。
3. 最新のスタイル
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ロシアにおいて、セレブレニコフは演劇および映画界で、最新のトレンドを生み出す人物として知られている。こうした意味で、「チャイコフスキーの妻」は、セレブレニコフ監督の真髄とも言える。映画は、ベルリンの前衛演劇が、デレク・ジャーマンの映画と融合したかのようである。作中には、裸体の男性が多く登場し、ポストモダニズム的なデカダンスが感じられる。おそらく、最近のロシア文化において非協調的で美的な作品の一つだろう。
4. 矛盾したメッセージ
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女流詩人アンナ・アフマートワが生前、最後に出版した詩集「時の疾走」に、「手仕事の秘密」シリーズがある。この中で、アフマートワは、偉大な芸術家のインスピレーションの源について考察している。ロシアにはこのシリーズから金言が生まれている。それは、「詩というものが恥も知らずに 塀の脇の黄色いタンポポのように アカザや道端の雑草のように どんなごみくずから育ってくるか あなたが知っていてくれたら」というものである。セレブレニコフ監督の映画はまさにこの文章を映画化したものである。
監督は、チャイコフスキーの天才的な創作の基になっているのは何なのかという問いを投げかけている。そして、不幸な結婚、性的奔放、個人的な悲劇など、文字通り、あらゆることが同等にその基になっているという結論が導き出される。偉大な芸術家にとって、精神的、肉体的なあらゆる大きな苦しみが閃光となり、偉大な芸術の炎に火をつけたのである。そして音楽を楽しむ普通の人々はこの氷山の天辺しか見ていない。セレブレニコフはその氷山の水面下を描こうとしている。
5. 俳優陣の演技力
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チャイコフスキーの妻、アントニーナ・ミリュコワ役を演じているのは、最近ロシアでとても人気がありながら、大役を演じた経験のないアリョーナ・ミハイロワ。この作品で、ミハイロワはその多面性と大胆さを発揮している。もっとも難しい場面でも、ミハイロワは自信溢れる演技をしている。
一方、チャイコフスキー役を演じているのは、ロシアに長く在住しているオーディン・ランド・バイロン。ロシアでは人気のドラマシリーズでよく知られている。「チャイコフスキーの妻」は、彼にとって、国際舞台に存在力を知らしめ、キャリアアップする大きなチャンスとなっている。